第44話
「私との婚約を検討してもらえないだろうか」
「はい?」
メアリは目をパチクリとさせた。
胸に抱いた書類がグシャリと音を立てたが、気にする余裕もない。
急転直下とは、まさにこういう時のことを言うのではないだろうか。
友人として誇りに思うと言われた直後に、婚約してほしいとは何事か。
(隣国では誇りに思えるような友人と婚約する制度でもあるのでしょうか……?)
隣国について、メアリはほとんど知らない。
戸惑いの表情で首をかしげているメアリに、セドリックは微苦笑を浮かべた。
「すまない。こういうものには順序が必要なのだったな」
そう言うと、セドリックは
いきなりなにをしだすのか、この人は。
驚きのあまり、メアリはヒュッと息を飲んだ。
「私は、あなたが自由に機械いじりができるように、これからも手助けをしていきたいと思っている」
もしや彼は、メアリのパトロンになるために婚約を持ちかけているのだろうか。
「私が独身主義だといううわさが流れているが……あれはデマだ」
だが、メアリが機械いじりを続けるにはさまざまな問題がある。
その最たるものが家のことなのだが──、
(そうでした。アールグレーン様さえその気なら、問題はほぼないに等しい……)
ただ一つ欠点を挙げるとするならば、セドリックと婚約したら彼を恋い慕う女性たちの手で蜂の巣にされるということだ。
(だけど……)
紳士的にお願いしてくるセドリックに、おざなりな返事などしたくない。
それに、彼は「検討してほしい」と言った。婚約してほしいではなく、検討してほしいと。
彼はメアリの気持ちを尊重してくれている。
ならばメアリも、応えたい。
黙って思案するメアリを、不安そうな顔で見上げてくるセドリック。
とても様になっている、とメアリは思った。
さすが、元・王子様。
「考えて、もらえるか?」
「……それくらいなら。でも、あまり期待しないでくださいね?」
期待させまいと忠告しても、セドリックは聞こえていないかのように上機嫌だ。
「大丈夫だ、そうなってもらえるよう努力する」
「努力⁉︎」
聞こえていないわけではなく、メアリに期待をしていなかったらしい。
安心したが、別の意味で心配になる。
そこまでする価値が、メアリにあるのだろうか。
考え直した方がいい。
そう言おうとしたメアリの言葉を遮るように、セドリックは言った。
「私はメアリが好きだからな」
「好き⁉︎」
彼の言葉に込められた意味を、はき違えるほどメアリは鈍くない。
素っ頓狂な声でおうむ返しにしてくる彼女へ、セドリックは余裕たっぷりのしたり顔でこう言った。
「惜しみなく、努力していくと誓おう」
しなくていい。
そんなものをされたら、ますます蜂の巣にされる確率が上がるから。
(精神的な攻撃からも守れる盾を開発したい……)
果たして、そんなものをつくれる日がくるのかどうか。
だが、考えるだけなら自由である。
「ただ待っているだけで、あなたがその気になるとは思えないからね」
ムッとするメアリに、愛おしげに目を細めて──。
避ける間もないくらいの早業で、唇に限りなく近い頰にキスをした。
「⁉︎」
頰に手を当てて硬直しているメアリに、セドリックはクスクスと笑う。
「かわいらしいことだ。これくらいで顔を真っ赤にして。今時、幼い女の子だってこれくらいでは赤面しないよ」
「では、あなたも赤面しないのですね⁉︎」
メアリの負けず嫌いに火がつく。
彼女はセドリックの襟元をむんずとつかむと、そのまま引き寄せて唇を押し当てた。
思いのほか目標が遠くて顎になってしまったが、その顔を見たら大成功だと言えるだろう。
「しているではありませんか」
フフンと小悪党みたいに笑ってみせたら、顔を真っ赤にしたセドリックが深々とため息を吐いた。
顔を覆う手の間からこちらをのぞく目が、据わっているように見えるのは気のせいだろうか。
「あなたは時折、子どものようになるな」
「あ、あなただってそうではありませんか!」
「おそろいか。嬉しいな」
おそろい。
嬉しい言葉に、じわじわとメアリの顔が緩む。
ふにゃりとしまりのない顔で「へへ」と喜びを噛み締めるメアリを見つめ、セドリックは甘く蕩けるような笑みを浮かべたのだった。
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