第45話
新進気鋭の女性発明家──奇婦人メアリの名前が王都でも聞かれるようになってきた頃。
メアリのもとに、一通の手紙が届いた。
差出人は──、
「ヴェルマー商会……」
もうすっかり記憶の
たまたま遊びに来ていたシェンファが、ウゲェと顔をしかめる。
「今更、何の用だろうネ」
「さぁ?」
コンラート・ヴェルマーではなくヴェルマー商会からだから、もしかしたら仕事の依頼かもしれない。
メアリが特許を取得したミストスクリーンとプロジェクターは、ファンタスマゴリーの招待客から話が広がり、現在、複数のお声がけをいただいている。
(それにしても厚顔すぎやしませんか?)
手紙の封を切って中を確認する。
「……」
メアリの顔からストンと表情が抜け落ちた。
やはりコンラート・ヴェルマーからの復縁要請だったのだろうか。
シェンファの調べによれば、コンラートはメアリと婚約破棄したあと、メアリの叔母と結婚したようだ。
それにより、実質引退していたはずの会長である父が舞い戻り、ヴェルマー商会はコンラート派と会長派にわかれてしまったのだとか。
とはいえ、実力で代表の座を勝ち取った会長と、ただ息子だという理由で引き継いだコンラートでは、どちらが勝つかなんて火を見るより明らかだろう。
あっという間に商会代表の座から降ろされたコンラートは、若い頃に交流のあったタチの悪い人たちに助けを求めた。
しかし、すぐに会長の知るところとなり、家を放り出されたようだ。
会長は、コンラートとメアリの婚約に乗り気だった。
だから、復縁を交換条件に勘当を解く可能性はなきにしも非ずなのである。
持ちうる情報を整理しつつ、シェンファはメアリを見た。
今のメアリは堂々と、冷静に手紙と向き合っているように見える。
何の感情も感じられない無機質な横顔に、シェンファは問いかけた。
「なんダッテ?」
シェンファの問いかけに、メアリは答えることなく手紙を渡した。声を発することすら面倒と言わんばかりに。
難しい顔をして思案する友人に、シェンファはいぶかしみながら手紙に目を通す。
「ウワ、なにこれ……。会長サンからじゃないカ」
「ええ、そうなの」
「ミストスクリーンとプロジェクターを商品化したいから、一度会って話をしたいって書いてあるケド」
どうやらシェンファの思い過ごしだったようだ。
復縁要請だったら幽霊公爵に告げ口するか、あるいは裏工作してでもメアリを守ろうと思っていたので、ホッと胸を撫で下ろす。
「驚いたわ。いったいどの面下げて、この手紙を送りつけてきたのかしら……」
「子が子なら、父も父ということだネ」
手紙には謝罪の一つも書き記されておらず、ヴェルマー商会に選ばれることはどんなに名誉なことなのか、事細かに書いてあるだけだ。
最初から最後まで上から目線の文面に、シェンファは渋面をつくった。
「うーん……。ヴェルマー商会で商品化したら有名にはなるだろうガ……ワタシはあまりおすすめしたくないナ」
「それは、私が婚約破棄されたから?」
「ソレを抜きにしても、ヴェルマー商会へメアリを呼び出していることが気に食わナイ。商人たるもの、どうしても手に入れたいものがあるなら、自ら出向くくらいじゃないと駄目ダ。上から目線というカ、誠意が感じられない。信頼できない人と、仕事をするべきではないヨ」
「それもそうね」
事実、シェンファはこうして積極的にメアリを口説きにきている。
さすが友人、メアリのことをよくわかっていると思わずうなるような内容である。
そしてなおかつ、シェンファとの決して短くはない付き合いと今後のことのことを考えると、答えは一つしかない。
(今日、承諾の返事をするつもりだったのですが……)
予想だにしない展開だ。
今日はもう、それどころではないだろう。
出鼻を挫かれることになって、メアリは不服そうに鼻から息を吐いた。
「ああ、デモ……。断るにしても、一度は会いに行く必要はあるだろうネ。もしもそのまま放置したら、のちのち面倒なことが起こりそうダ。そう、例えばメアリに協力を申し出たところに圧力をかけるとか」
「あらあら」
それは、困る。
だってメアリは、シェンファと手を組むつもりなのだから。
「打診を受けるのカ?」
「まさか」
「じゃあ、断りに行くのカ」
「もちろん」
力強くうなずきながら答えると、なぜかシェンファは狐につままれたような顔をした。
どうしてそんな顔をされるのか分からず、メアリは首をかしげる。
「……メアリ、変わったネ」
「そうかしら?」
「そうだヨ。コンラートの隣にいる時はもっとオドオドしていた」
シェンファの言葉に、メアリは思案する。
まっさきに思い浮かんだのはセドリックで、彼女は恥じらうようにうつむいた。
「……少し、自信がついたのかもしれないわ」
あるかなしかの笑みを浮かべるメアリは、内側から輝いているかのようにきれいだ。愛されている人の顔をしている。
シェンファは、心の中で拳を突き上げた。
「良い傾向じゃないカ。ああ、そうそう。最後に一つだけ。もしもコンラートに会ったら、ニッコリ微笑んでやれ。やつはきっと、悔しがるだろうからナ」
やられたら、やり返す。
それが祖国のやり方なのだと、シェンファはニヒルな笑みを浮かべた。
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