第40話
ファンタスマゴリーの開催が決まってから、三週間と少し。
開催日までは一週間を切っている。
振り返ると、このひと月は機械いじりをしてきた中で最も充実した日々だったように思う。
セドリックとは何度も話し合いを重ね、時に議論が白熱して口論になりかける危機もあったが、互いに励まし合って乗り越えた。
(思いのほか、アールグレーン様が折れないことにも驚かされたわ)
聞き上手なので気づかなかったが、あれでいて頑固なところがあるらしい。
メアリと機械を愛でるようになってからは知識も増え、最近はメアリでも目を見張るものがある。
紆余曲折はあったものの、ようやく昨晩、ミストスクリーンとプロジェクターは使い物になるレベルに達した。
メアリは思う。
一人で作業することは楽だけれど、共同作業で感じる煩わしさは時に
(アールグレーン様がいなければ、間に合わないところでしたもの)
投影するゴーストの映像は、セドリックが担当した。
どうやら彼には撮りたい映像があるらしく、熱心に「任せてほしい」と言ってきたので、機械のことで手一杯だったメアリは、むしろ申し訳なく思いながら彼に任せた。
数日後、自信満々で見せてきた映像は、白いドレスを着た女性の姿だった。
長い髪で顔は見えないが、とても綺麗な女性だと思わせる色香が漂っている。
風になびく髪とドレスはゆらゆらと幻想的に揺らめいて、ミストスクリーンに投影すると奇妙なくらい映えた。
女性ははじめ、遠くに立っている。
時間がたつにつれて少しずつ近づいてきて、最後は──まだメアリは見せてもらえていない。
まるで、海辺で漁師たちを誘惑するセイレーンのようだ。
その美貌に目を、歌声に意識を奪われ、墓地の住人にされてしまいそう。
ファンタスマゴリーでは音楽も流すので、より恐怖を味わえるはずだ。
セドリックが自信を持って選んだ曲だそうだから、メアリは安心して蓄音機をセットすればいい。
「あとの問題は……あの子だけね」
店の営業時間が過ぎ、メアリは閉店作業をしながら暮れゆく空を眺める。
「今日は昼過ぎまで雨が降っていたから……」
午後には日が差して、青空になっていた。
晴れた夜は、地面の熱が放出されてどんどん冷やされる。そのとき、地面付近が湿っていると、空気が飽和に達して霧ができるのだ。
「今夜は濃霧になるでしょうね」
さぁ、舞台は整った。
あとは、メアリが誘い出すだけ。
一足早く仕事を切り上げたデンバーは、作業部屋のソファで横になっている。
メアリが店を出た後にこっそり交霊会の準備をしている彼は、この時間になると眠くて仕方がないらしい。
「やめてって言えば言うほど躍起になって……まるで子どもね」
あれからも何度か注意したが、それでもデンバーは聞く耳を持たなかった。
頼みの綱である侯爵夫人も社交シーズンが終わって領地へ行ってしまい、しばらくロディムへ戻る予定はないらしい。
「デンバー。その熱意をもっと別のことに向けていれば……こんなことにはならなかったのに」
もともとデンバーは、賢い子なのだ。
王都で流行しているものをいち早く察知して取り入れる、商才を持っている。
なまじ顔が良かっただけに、女性にチヤホヤされる快感を知ってしまった。
それさえなければ、順風満帆な人生を送れたかもしれない。
「ただちょっと……思い込みが激しいのよね」
最初にこの店に目をつけたから、それ以外が見えなくなっているのだろう。
交霊会に固執し過ぎている。
交霊会自体を諦めさせるのは申し訳ないが、店になにかあったらみんなが困る。
愁いに満ちたため息を吐き、メアリは看板を店の中へしまった。
作業部屋へ入ると、ガサガサと物を隠すような音がした。
ソファの上で、デンバーがモゾモゾしている。
きっと、メアリに隠れて交霊会の準備でもしていたのだろう。
(ファンタスマゴリーの夜は新月……。もしかしたらデンバーも、その日を目標に準備しているのかもしれません)
白々しく目を閉じて眠ったふりをするデンバーに、メアリはツカツカと歩み寄った。
「デンバー」
「んん……なんだ、メアリか。何か用か?」
眠そうにまぶたを擦りながら、デンバーが起き上がる。
滑稽に思えて笑いそうになるのを堪えながら、メアリは言った。
「私、考えたの」
「考えたって、なにを?」
「あなた、交霊会をしたいって言っていたでしょう? それで……その……最近はね、前向きに検討してみても良いのではないかと思うようになって」
「本当か⁉︎」
デンバーはガバッと体を起こした。
ソファから身を乗り出すようにして、メアリのことを期待に満ちた目で見つめる。
ギラギラとした視線に、メアリはゾッとした。
コンラートと同じだ。
メアリのことを、軽んじている。
そういう、目だった。
かわいそうだなんて、一瞬でも思ったことが馬鹿馬鹿しく思える。
メアリは一生懸命に店を守ろうとしているのに、目の前の
(この子は、自分の利益しか考えていないのね)
悲しくなる。
天使のように愛らしかった幼馴染みはどこへ行ってしまったのだろう。
マクミラン男爵に文句を言ってやりたい。
湧き上がる嫌悪感を飲み込み、メアリは淡い微笑みを浮かべて「ええ」と答えた。
「でも、どういうものかわからないと侯爵夫人に話を通せないでしょう? だから、一度体験してみるのはどうかと思って」
貴族男性が好む、しおらしい令嬢を演じるのは得意だ。得意になってしまった。
「それは構わないが」
「そう、良かったわ。場所は、ルフナ教会の隣にある墓地で良いかしら?」
「どうしてそこなんだ?」
「だって私、ずっと前から師匠……ルカ・ブレゲ様と話がしてみたいって思っていたのです。ここよりも墓地の方が、より確率が上がりそうではありませんか」
無邪気さを装う。
自分の年齢を考えると吐き気がしそうだったが、メアリは耐えた。
「いや、墓地は無理だろう。教会が許すはずがない」
「大丈夫。快く承諾してくれましたわ」
「うそだろう」
「いいえ、本当です。だって神父様は、私が熱心にブレゲ様の墓参りをしていることを知っていますから」
「ああ、なるほど」
かわいそうなものを見るように、デンバーはメアリを見た。
いっそ清々しいくらいに格下扱いをされて、メアリの方こそデンバーがかわいそうに思えてくる。
(そもそも、私は伯爵家の一人娘なのよ? 対するデンバーは男爵家の三男。誰がどう考えたって、私の方が上ではありませんか)
やはり、顔。顔なのか。
確かにメアリは、貴族令嬢の中では地味な方である。
とはいえ、伯爵家の一人娘として大事にされてきた自覚はあるので、上の下くらいはあるはずだとメアリは思っている。
(だからこそ、ヴェルマー様のお眼鏡に適ったわけですし)
(ヴェルマー様のことはもう終わったことよ。今は、目の前のことに集中しなくては)
メアリはさっさと出かける準備を整えると、出口へ向かった。
そして、ソファへ腰掛けたままのんびりしているデンバーを振り返る。
「なにをしているの、デンバー」
「なにって」
「行きますわよ?」
くしくもそのやりとりは、思い出あずかり屋の始まりとなったあの日と同じものだった。
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