20話 姫百合編 下
寝ている残雪ちゃんを背負って洞窟壕の隅にある
「あ。来たね?残雪ちゃんも…うん。連れて来てるか。」
「はい…えっと、何の様で…」
「君達さ。ひめゆり学徒隊じゃないでしょ?」
僕は言葉を失った。
「うんうん。とても仕事熱心で、かなり我々の助けにはなってくれていたけど、名前だけは…頑なに教えてくれなかったよね。」
「…………藤堂さんに聞いたんですか。」
鬼魅は机のペンを回しながら頷いた。
「そ…佐藤やまね。背負っている彼女が誰だかは知らないけど、君の名前が分かったんだ。そこから君についての情報がないか旧拠点に行って調べるよう極秘で藤堂に言っておいたんだ。」
——結果的には死んでしまったけど。
ペン回しをやめて、その先端を僕の方へと向けた。
「私達の行動が気に入らない腰抜けの軍上層部の手先。或いはソ連やアメリカといった連合国軍のスパイ…最初に君と出会った時点で、そうなんじゃないかとか思ってた。」
「…そ、そんな…僕は」
ペンを机に置いて、笑顔を浮かべた。
「でも…私の所為で死んだ藤堂の為に、爆撃や奇襲のリスクをかなぐり捨てて、勝手に外に出て、花を手向けてくれた。こう見えて私は仲間想いだからね…君のその行動を信じる事にしたんだ。」
鬼魅さんは机に置かれていたランプを持って椅子を立って、部屋の扉を開けた。
「さあ、ついて来なよ。」
「……?」
僕は部屋を出てランプの炎を頼りに、のほほんと歩く鬼魅さんの後ろをついていく。
「階段…傾斜がすごいから、落ちないようにね。」
「…は、はい。」
そうして、階段を降りて数分ほど歩いていく内に…目的地に着いたのか、鬼魅さんは足を止めた。
「到着っと…大丈夫?足とか疲れてない??」
「僕は大丈夫ですけど…ここは?」
「この秘密の洞窟壕の要にして……私の最終兵器が眠る場所だ。」
レバーが下ろされた音が聞こえた途端、パッと天井にあった照明が光り、僕は眩しくて目を細めた。
「付属されていた説明書に書かれていた名は…『時空間転移装置』…対象が行きたいと思った場所に瞬時に飛ばせるらしいとかいう、最高に馬鹿げた兵器だ。私が作った訳じゃないよ…ここに元々あったのさ。」
「でも…説明書には最大2人だけしか転移出来ないらしくてね。」
「だから試しに実験台になってくれたまえ。という話だ…零士の子孫であるやまねちゃんにとっても都合がいい話なんじゃないかな?」
「え…ど、どうして…おじいちゃんの名前を…それになんで…」
鬼魅さんは、一瞬ぽかんした表情をしてから吹き出した。
「くはっ……あーいや、ごめんごめん。てっきり零士に会ってるから知ってると思ってて。知らないなら私の話は忘れてくれ。代わりに一つ質問しよう…私の部屋で、君の正体を看破したときさ。」
——何かされる前に、そこの背負ってる彼女を守る為に私を殺そうとしたでしょ?
「…えっ?いや。そんな事は、」
「その反応…いやぁ。零士もそういう異常な奴なんだよ。長年、親友やってるからよく知ってるんだ。うん…少しだけ安心した。」
そう言って鬼魅さんは僕の側を通り過ぎる。
「ここまで…我々への協力感謝する。未来に生きる君達はここで退場しておきな。私達の結末は歴史の教科書とか読んでるなら…分かるだろう?」
「っ、でも…」
「我々と共に地獄よりも過酷な業の道を進みたいのなら、そうするといい。でも…君達にも待っている家族や友達がいるのなら、早く会いに行きなさい。それが我々を騙していた罰という事で☆それじゃあね…やまねちゃん。」
立ち去っていく鬼魅さんを無視して僕は『時空間転移装置』…二つの黄金の椅子の一つに寝ている残雪さんを座らせた。
「……僕も座ればいいのかな?」
座って僕達がいた沖縄の情景を思い浮かべていると、意識がスッと溶けるように無くなった。
……
自分の部屋へ戻ると、零士が腕を組んで待っていた。
「あ…やっと帰って来た。それと、無闇に人の部屋に入らないで欲しいなぁ。」
「報告する。幾つかの拠点を焼いて、何人か殺して生かした…また暫くは膠着する筈だ。」
「…そうかい。わさわざ私の部屋に来たんだ。聞きたい事があるんじゃないかな?」
零士は黙って部屋を出るだろうなと思っていると、扉を開ける寸前で足を止めた。
「あの女学生達はどうなった?」
「……極秘な手段を使って、あるべき居場所に帰らせてあげたよ。なんだ…君も薄々分かってはいたんだね。避けずにちゃんと話すとかしても良かったんじゃない?」
振り返る事もなく、扉を開けた。
「かっ!…そんな暇があるように見えたか?」
「…ふっ。それもそうだね☆」
戦争は終わらない。全部がぐちゃぐちゃのドロドロになって終戦し、トリが来るまで…この命尽きるまで、自分の中で永遠に続いていく。
……壮絶な戦いの日々に心が摩耗し…そこで生きていた彼らは皆。あの2人がいた事をゆっくりと忘れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます