0話③ 谷口馨の場合

——夏休み初日。


「あー終わった。やっぱり面倒なのは先に終わらせておくに限る。」


終わらせた感慨に浸っていると、待っていたかのようにスマホの着信が鳴った。


『久しぶりだね。お兄様っ♪』


無言で電話を切るが、めげずに何度も着信を繰り返しかかってくる。


「…ちっ。」


仕方なくスマホの電源を切ってパソコンでネットサーフィンをしようとすると、突然画面が切り替わり、忌々しい人物が映った。


『あははっ。間に受けただろ…嘘つきお兄様?』


「 ………いや別に受けてないよ。はぁ…こんな遅い時間に何か御用でしょうか性悪お姉様。」


『声に感情がこもってないな…ん。そっちはもう夜か。通信とかの不具合かは分からないけど繋げるのに時間が掛かった。改めて夜分遅くに失礼するよ。』


「…知ってる癖に。」


ついボソリと呟いていると、画面越しの少女はカラカラと笑った。


『聞いた話によると、確か夏休みの中旬辺りに合宿があるのだったかな?』


「…ちなみにどこ情報?」


『私と共に退学した大学のサークル仲間で、相応のお金さえ払えば色々と教えてくれる…唯一無二の最高のビジネスパートナーからだけど。そうか…お兄様にはまだ紹介した事なかったか。じゃあ今度一緒に…』


言い切る前にパソコンの電源を切って、盛大にため息をついた。


(私を執拗にイラつかせてくるやり口は……間違いなく私の姉貴には違いない…けど。)


最後に会った時。一年前の今頃と比べて見ても明らかに幼い。まるで中学生みたいな姿形をしていて…だから不覚にも、反応が遅れてしまった。


「あの時…自由研究とか言ってたっけ。」


——不老不死。この研究が成功すれば人類は次のステージに行く事が出来るんだ。誰も死ぬ事もない、離別なき世界…そうなれば永遠の時の中で誰もが大なり小なり満たされる。他者といがみ合う事もない…争う意義は失われて、兵器による不必要な殺戮も悲しみもなくて済む。私が思う理想の世界が完成するんだ…凄いだろ?


そう自慢げに語ったのを最後に私の前から姿を消して…一年。久々に連絡が来たらこの仕打ちと来た。


(……はぁ。マジでこの姉貴は……)


1週間経っても、全く音沙汰がなくて少しだけ心配した私が、動かせる者を総動員して世界単位で探させた苦労を…返して欲しい。


そう思いながらスマホの電源をつけると、一通のメールがあり、そこには…


『言い忘れていたが、沖縄のお土産は黒糖がいいな♪よろしく頼むよ…届けて欲しい場所はアメリカの……』


顔をしかめながら、指定された住所まで読んだ後、返信をした。


『別にいいけど自分で取りに来てくれなきゃ全部こっちで食べて、代わりにその袋いっぱいにナマコを入れて送ってあげるからそこんとこ、ヨロピクッ☆』


私に出来る最後の悪足掻きをしてから、色んな機材から着信音が鳴り響く部屋をそっと後にした。

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