▼27・勇者の謀略


▼27・勇者の謀略


 シャーロットが行方を完全にくらまし、追っ手を撒いたとして、向かうのはどこか。

 勇者アダムスの下しかないだろう。

 敵の敵は味方。朝拝国の主流派が敵対しようとしている勇者は、その敵であるシャーロットにとって味方になるに違いないという、単純な理屈。

 歌姫と勇者が対等に同盟を結ぶ可能性は、以前にも述べたとおり、無に近い。しかし歌姫が下手に出て庇護を求めてきたとなれば、話は別である。

 腐っても元々は名うての歌手。アダムスは、というかアダムスの政治部分を補助する側近たちが、シャーロットを便利な駒としてこき使い、歌姫も生命の安全のため、これに従うしかないだろう。

 勇者の信念?

 それは確かに勇者どもの至上命題である。しかしながら、かつてシャーロットが大きな人気を博し、それを悪しきものが毀損しようとしているなら、庇護すべきは「古き秩序」の一部だった歌姫だ……と考える余地も充分にある。いや、アダムス本人にはなくとも、実務を担う官僚たちはそうやって頭の固い勇者を説得するだろう。

 加えて、勇者自身も、原理主義におぼれながらも現実の方策を考えることができる、複雑な人間である。それが国益となるなら、シャーロットを利用する可能性もある。

 問題はそれまでに朝拝国が歌姫を探し出し、捕縛できるかどうかだ。

「フィリア殿、調子はどうでしょう」

 グスタフは正式な早風国の応援要員として、フィリアに声を掛けた。

 早風国は春光国の同盟者として、形ばかりでも、朝拝国と春光国の共同での捜索活動を援助しなければなるまい、ということで、手近なグスタフが女王の命で選ばれたのだ。

 言われたフィリアは苦虫を噛み潰したような表情で。

「良くないですね。手がかりが少ない。どこへ行ったのかまるで分かりません」

「歌姫のことですから、山麓国にでも行ったのでは」

「その線は濃厚です。しかし王都からあちらへ行くには、いくつか路があって、なかなか絞り込めない状況です」

「なるほど」

「もう国外へ脱しているのかもしれません。歌姫が行方をくらましてから、かなり時間が経っていますから」

「なるほど。しかしフィリア殿」

 グスタフは情報を頭の中で整理する。

「確か貴殿が請け負った仕事は、あくまで『歌姫派の排除』でしょう。政治的に歌姫派は壊滅している以上、ひとまず朝拝国の要求は果たしたのではないでしょうか」

「確かにそうですけども……」

「本人の息の根を止めない限り、再び盛り返す可能性はあるでしょう。しかしあくまでも政治的勢力の壊滅が同盟の条件であるとすれば、もはや我々と朝拝国が手を結ぶに差し障りは何もないように思えますが」

「……それもそうですね。歌姫自身の動向は気になりますが、まずは朝拝国の国王陛下にいまのお話を持っていきたいと思います」

 彼女は強くうなずいた。


 かくして、春光国と朝拝国との同盟は成立した。

 シャーロットは行方をくらましたままだが、ひとまず歌姫一派を政治の舞台から駆逐し、当面は彼女による政局的な脅威を拭い去ったとのことで、国王がフィリアとの約束を誠実に守ったのだ。

 同盟の傘の中にある国は、春光国、早風国、荒海国、そして明乃国、馬前国、朝拝国。そのうち主力となるのは春光国と早風国。荒海国も本来主力たりえたが、山麓国との戦いで一度は退却し、その力を少しばかり減少させた。

 しかし、これによって同盟は巨大なものとなり、世界の情勢に一石を投じた、というより、反勇者派は確かにいるという証明をなし、国々を大きく揺さぶった。

 となると、気になるのは。

「勇者の動向はどういうものでしょうね」

 評定の場で、フィリアは国王にそう述べた。

「勇者の動向? 同盟交渉を止められなかったあの男を、今さら警戒するのか?」

「止められなかったのではなく、何か準備をしていて、そちらに注力していたとすれば」

 彼女は、歌姫に勝るとも劣らない美の輝きをたたえた顔を、少しばかりかげらせた。

「そして、その準備とは、こちらからの攻撃に対する、なんらかの対策だとしたら」

 いまも評定の間の外では、下級の武官、文官が、きたるべき山麓国との戦いのため、軍を起こしたり各国との調整をしたりするため走り回っている。

「対策か」

「とはいえ、同盟軍による山麓国への侵攻は、もはや止められません。勇者だけでなく、『早風の真打』グスタフ殿、『血まみれの剣』デルフィ殿、そして私たち自身でさえもです」

 ふうむ、と国王。

「つまり勇者がしているのは、その攻撃に対して、少しでもその威力を削ぐための何か、ではないかと推察いたします」

「なんだかフワフワした話だな」

 国王は困惑顔。

 しかしフィリアも、勇者が何をしているのか、つかめていないのだ。雲をつかむような話になるのも致し方ないところである。

「いままで私たちは、外交に必要な諜報にばかり力を入れて、アダムスの動向に関してはあまり間者を回していませんでした。それは仕方のないことですが、アダムスが何を仕掛けようとしているか、あるいは無策でいるかが分からない原因でもあります」

「つまりどうにもならんと」

「然り。こうなった以上、アダムスの策謀は力で押しつぶしていくしかありません」

「結論が出たではないか」

「然り。単純にして明快な結論です。しかしアダムスによる何かが潜んでいる、だろう、と身構えつつ前進することは、放漫な前進よりも益のあることでしょう」

「なるほど。そうだな」

 フィリアは国王の同意に、しかし表情を曇らせたままだった。

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