▼25・豊穣の政変
▼25・豊穣の政変
なおも密偵を続けていると、今度はまた新たな噂が流れ始めた。
いわく。
「シャーロットが『豊穣の政変』に関わっていた?」
「そうなんだよ、証拠も証人もそろっている」
豊穣の政変とは、朝拝国で過去に起きた、国王たちの暗殺未遂事件である。
当時、すでに歌姫は自分の勢力をそれなりに築いていた。しかしこの事件を首謀し主導したのは、治水について国王と対立した豪農派の貴族であるとされる。
そして、これまでの見解では、歌姫が介入する余地はないとされてきた。対立の主題が治水、農業用水の関連であり、歌姫シャーロットの支持母体である、王都を中心とした都市民にとって、介入することはなんの意味もないからだ。
これは豪農派貴族にとっても同じことで、彼らが守りたいのは治水関連の旧来の利権であり、決して奔放の歌姫を王の座に据えたいわけではなかった……はずである。従来の見解によれば。
しかし、今回の噂によれば、証拠も証人も出ているとのこと。
例えば当時の豪農派であるフォーリィ伯爵は、最初に豪農派貴族に利権の存在を示し、煽り立てたのは歌姫であると証言しているらしい。
「歌姫が、治水について利害関係のある貴族に送った自筆の檄文とかも出てきたみたいだぞ」
「ほかにも複数の貴族が、その干渉を証言している」
だが、グスタフにとっては、それはフィリアの計略にしか見えなかった。
そもそも豊穣の政変について、現在、首謀者たちの反逆行為の一種であり、間違ったこと、不忠の悪事であるという認識が一般的である。豪農派の正義があったと考える人間は、少数派にすぎない。
とすると、それに歌姫一派が関わっていたことにすれば、その一派に動揺を与えることができる。
過去のことであるため、新たに証拠や証人をねつ造しやすいことも、フィリアの計略説を思わせる材料である。
現在、豪農派の貴族たちは、ごく一部の、処刑に値する、死刑不可避とされた首謀者周りを除いて、国王の手腕により改めて忠誠を誓っている。その忠義は、そののちの合戦の内容等を見る限り、本物である。
つまりねつ造される証拠や証人は、いまはほぼ完全に国王の制御下にある。
歌姫シャーロットの勢力盛んな今の時期に、その歌姫に不利な、国王の一声で容易に提出できる証拠等を示す。
これで国王側、というかフィリアの計略でなかったら、逆に驚くところである。あまりにも都合のいい巡り会わせに。
とはいえ、グスタフがその見解をそのまま吐くわけにもいかないので、とりあえずうなずいた。
「なるほど、そういうのがあるのか」
「若造、見たところお前は若い。歌姫みたいなとんでもないやつに引っ掛からないようにな」
荒くれ者が説教をぶつ。
「さすがに、シャーロットをとんでもないやつ扱いは」
「いいや、あいつはそういうやつだ。王族時代から男遊びがひどくて、ちょっと歌が上手いからって、男をとっかえひっかえだものな」
どうやら、計略は功を奏している、というか、もとから歌姫を快く思っていない人間も多いようだ。
自分はそうは思われたくないものだ。
彼は適当にうなずきながら、荒くれたちの適当な政談を聞いた。
さらにしばらくして。
「歌姫による妨害活動……それは穏やかじゃないな」
すっかり調子を合わせることの上手くなったグスタフは、内心は非常に驚きつつも、ひとまず十人並みの反応を返した。
「だろ。今回も証拠がある」
「信用性は?」
「抜群だ。これがねつ造の類だとは、どうも思えない」
お前、このあいだも「豊穣の政変」がらみの偽証拠に引っ掛かっていたじゃないか。
という言葉をぐっと飲み込み、彼はうなずいた。
「へえ。詳しく聞かせてくれ。おーい、こっちにもう一杯!」
グスタフは話を聞いた。
どうやら歌姫シャーロットが、その商売敵である何人かの歌手たちにつき、執拗な妨害を加え、歌劇などを中止に追い込んでいたらしい。
驚くべきは、この国随一の歌姫という、彼女の地位が確立してからも、このような妨害が行われ続けている点だ。
「いまも、なのか?」
「どうもそうらしい。現役の歌手たちの証言もある」
彼は、話の流れで何人かの歌手たちの言い分を、伝聞の形ではあるが聞いた。
これが、どうもねつ造だとは思えない。
例えば、ルーメンという歌手は、いまも歌手として現役であるが、「シャーロットに自分の活動を妨害され、やむをえずほかの歌手への妨害にも関与した」などと、自分の不利になりうる言及を、必要のためあえて行っている。
これが、例えばシャーロットへの攻撃のためだけに用意された告発者なら、自分の不利うんぬんは関係ないだろう。
しかし、ルーメンは余所者のグスタフでさえ、この国に来てから聞いたことのあるほどの、一線級の歌手である。
その人物が、一歩間違えれば自分の立場を危うくするような告発を行っている。
これが嘘八百だとは、彼にはどうしても思えなかった。
「むむ。歌姫の栄光は崩れるのか?」
「こんな卑劣なことをしていたとすれば、そりゃあ仕方がないだろ」
「そうか……時の人だったのにな……」
グスタフは表向き残念そうに言いつつも、内心では特に残念でもなく粛々と、フィリアによる計略――というかおそらくは調査に基づく広宣流布の結果を受け入れた。
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