▼23・深まる切なさ


▼23・深まる切なさ


 今回もフィリアはシャーロットになんのあいさつもなかった。

 流れるように外交の席に着き、終わるとそのまま、またどこかへ行ってしまったようだ。

 放置された妹は、今度は青空の下で、何をするでもなく、ただ風と陽光を浴びていた。

 もちろん護衛はそばに控えている。そうでなければ、一応はシャーロットも貴族の令嬢であるから、外の広場でこんなことはしない。

 もっと気にかけてほしい。あの姉は、妹にあまりにも関心を抱かない。

 この感情がただのわがままであることは分かっている。

 縦横姫フィリアがとにかく多忙であることは、いまや国の誰もが知っている。もちろんシャーロットにも、詳しい外交の動静は分からないまでも、現在の姉が、おそらく春光国で誰よりも動き回っていることは十分に理解できるところだ。

 姉はいまや一族にとって誇りである。そしてシャーロットは、一族がその誇りとするずいぶん前から、フィリアが誰にも負けない輝きを持っていることを知っていた。

 しかし、当のフィリアは、そんなものどこ吹く風とばかりに、妹に少しでも顔を見せることなく、使命感にでもとらわれているのか、今日もどこかで外交のための何かをしている。

 それが、シャーロットにはたまらなくもどかしい。

 もっと気にかけてほしい。

 使命にかける情熱を、そのひとかけらでもいいから、身内に、というか妹である自分に、割り振ってほしい。

 ほんの少しでもいい。次の使命へ向かう前に、一瞬だけ顔を見せてほしい。長居しろとは言わない。邪魔にならない程度、わずかな時間でいい。

 ――そう思うことすら、神というものは、お許しにはならないのでしょうか……。

 きっと姉は、この考えすら「ハハッ、神!」などと、笑い飛ばすに違いない。

 しかし、それでもシャーロットは神に願う。フィリアの無事と、いつかの機会に、彼女が少しでも自分と会ってくれることを。


 それからしばらくして。

 勇者が計略を用い始めている。

 間者の拠点で、グスタフがクリスティンに話す。

「アダムスが計略を……同盟を切らせるためにですか」

「そうも思えるが、なにか違うんだよな。『離間の計』ではなさそうな気がする」

 彼が少しだけ得意げに、古風な言い回しを使うと、彼女は白けた表情で返す。

「ハイハイ、主様が教養すごいのは分かりましたよ。具体的にどういった計略ですか」

「それが、全貌はまだ分からないんだ。たぶん始まったばかりだからだと思う。この時点で全容を把握できるのは、歴史上の天才だけだろうな」

「へぇ、我が主グスタフくんは歴史上の天才じゃないんだ。いっつもしかめっ面をしているだけの、ただのへんたいさんなんですね」

「俺、そんなにしかめ面をしているのか」

「へんたいさんなのは否定しないんですね」

「否定してもお前は強引に認定するだろ。で、まあ全容は分からないんだが……」

 彼は断片的な情報を寄せ集めて話す。

「他の間者の報せも合わせると、とにかく密使が乱れ飛んでいる。早風国だけじゃなくて、同盟国全体にだ。怪しい人影も明らかに増えているし、関所や王都の門前で、通行できない人間であることが分かる場合も多い。もっとも全て、勇者の間者と思われるものは、捕まえるには至らず取り逃がしている。逃げ足が早くて、尋問もできないんだ」

「捕まらないことを優先するような指示でも受けているんですかね」

「おそらくそうだな。逆にいえば、相手は計略が露呈することを強く恐れている。それだけ慎重さを要するのか、露呈しては意味がない策略なのか。……対策を立てられると成立しない、または大がかりな術策なのかな?」

「なるほど。グスタフくんもちゃんと考えているんですね。えらいえらい」

 クリスティンが主の頭をなでた。

 馬鹿にされているようだが、正直なところ、グスタフも悪い気はしなかった。

「……で、その密使も、分かる範囲では、どうやら少しでも女王陛下など国の首脳に反感を抱いている人の屋敷とか、城、拠点の近くに現れることが多いらしいんだ」

「それは……明らかに何か工作の気配がしますね」

「そうだろう。ただ、俺たちにできるのは、広く貴族たちに注意喚起したり、関所や門前の検査を強化したりするぐらいだな。とはいっても注意喚起した程度で離間を予防できるとは思えないし、検問強化もどれほど効果があるやら。ああ、注意喚起は勇者側への『俺たちは計略に気づいているんだぞ』ということの示唆にはなるか」

「あんまり意味なさそうですけどね」

 クリスティンの言葉に、彼はうなずく。

「そうだな。ただ山麓国側は可能な限り秘密裏にやりたいようだから、まあ多少の牽制にはなるだろう。なればいいな。少しでも被害を小さくできれば、それに越したことはない」

「その程度しかできないんですか」

「日頃の主従の絆やら、支配力やら求心力やら、信望とか、そういう日常的に培う力でしか、結局は術策を止められないと思うんだ。計略が始まってから準備するのは、いわゆる泥縄というものだ。人間は、城郭なんだ」

 それらしい格言を言った後、グスタフは、深く息をついた。

「ハイハイ教養教養。……まあともかく、面倒な話ですね」

「全くもってその通り。まあそれでも、検問強化とか不審者取り締まりのための見回りの増加は女王陛下に具申したけどな。根本的な対策ではないことは留意しなければならない」

「できることがない、というのはなかなか」

「とりあえずは外交使者フィリアの動きを追うしかできないな。たぶん三日後ぐらいから始まるぞ」

「そういえば、それなんですけど、許可をもらって堂々と同行とかできなかったんですか」

「おおっぴらな監視になるからな。同盟の主導者になろうとした国が了承するとは思えない」

「それで同盟国の人間をこっそり尾行ですか。妙な話ではありますけどね」

「面倒ではあるが、もうしばらく、お前にも迷惑をかける」

「迷惑なんて思っていませんよ。おっぱいとお尻ばかり追いかける、おばかなへんたいさんとは思っていますけど」

「……まあいい。いつものことだからな」

「ほんと、いつものことですよ全く。主君がへんたいさんなのは」

 彼は彼女の額を弾いた。「ボヘッ! 痛いです!」と珍妙な声を上げた。

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