▼22・早風の見参


▼22・早風の見参


 翌日、フィリアは国王の意を聞いた。

「我ら馬前国、喜んで……山麓国と戦うため、春光国と共闘の同盟を結ぼう」

「ご賢明なるご決断、まことに感謝します」

 一瞬、国王が言いよどんだのは、やはり長年の友好を忘れられないためだろう。

 山麓国側も黙ってはおらず、本件破壊工作は自分たちによるものではなく、誰か、特に春光国の計略にすぎないと主張しているようだ。

 しかしそこはフィリアの手腕……でもあるが状況からしても、春光国、またはフィリアが同盟交渉の難しさを見越し、交渉に入る前から破壊を為した、しかも大胆にも交渉相手の施設に危害を加えるとは、普通の人間は思わないようだ。

 山麓国側、というより勇者の歪みぶりからしても、そういったおかしな行いをしてもおかしくないという、いわば負の信頼もある。

 アダムスの求心力にあてられて熱狂する人々からしても、他人の計略ではなく、むしろ同盟に最終的に加わるような「背信者」馬前国に、先んじて天誅を加えたのだと気炎を上げ、かつ正当化する動きをしている。

 彼女の計略は、そういった様々な様相に守られていた。

「しかし……世界は流転するものだな。かつての友好国は、今や見る影もなくおかしくなってしまった」

「胸中、お察しします。ですが、山麓国の変化が時流として当然なのではなく、アダムスの自分勝手ぶりがあまりに常軌を逸しているだけであると私めは考えます」

「アダムス殿か」

「急激な変化が起こるのも含めて世界の流転だ、とお考えなら、それはそうなのかもしれませんが……されど、あの勇者は明らかに時流にとっても異物、本来含まれるはずのものではないのではないか、と、私は思うのです」

 国王は腕を組んだ。

「アダムス、殿、が特殊過ぎるのか」

「私は世界の成り立ちやら、時流の在り方やらに詳しいわけではありません。哲学はよく学んでおりませぬゆえ。しかしそうだとしても、アダムスはとびきり常識を外れた、生ける災厄であると、位置付けるべきでしょうね」

「生ける災厄、か」

 国王はあごひげをなでる。

「まあよい。同盟の詳細を詰めようではないか。会議の間へ来られよ」

 彼女は指示に従って、側近の後をついていった。


 フィリアはその後、いったん春光国へ戻った。

 国王から呼び戻しを受けたためだ。

 なんのために?

「実は、早風国から使いが来ていてな」

「早風国から?」

「その同盟国である荒海国からの使いも連れてきている。早風からは『早風の真打』グスタフ殿、荒海からは『血まみれの剣』デルフィ殿だ」

「デルフィはともかく、『早風の真打』グスタフ……同盟のためですか?」

 聞くと、国王は大きくうなずく。

「その通り。きっとわしらの同盟戦略を知って、その勢力に加わるために違いない」

「なるほど……」

 彼女はしばし考えて。

「断る理由『は』ありませんね」

「その通り、これは大いなる天の恵みに違いない」

「そうではありません」

 フィリアは喜色満面の国王を制した。

「勇者を倒してからも世界は続く以上、目的を果たした後のことも考えなければなりません。具体的には……」

「具体的には?」

「主導権、とでも申しましょうか」

 むむ、と国王がうなる。

「しかし、それは分かるが、いまは何よりも味方が必要な状況ではないかね。あの勇者アダムスは、内政の才こそなかったが、聞くところによるとなかなか手ごわい相手だ。味方は多いに越したことはないと思うが」

「それは……」

 彼女が言いよどむと、国王は続ける。

「とりあえず彼らの話を、ここで聞いてみてはどうだね。わしも同席する」

「陛下がそうおっしゃるなら」

「よろしい。誰かある!」

「ここに」

「グスタフ殿らを連れてまいれ」

「御意」

 命令通り、近習は控えの間へ、外交の使いを呼びに行った。


 正念場だ。グスタフは緊張しつつ、春光国の王に拝礼した。

「会談の場を設けてくださる光栄を有します。早風国のグスタフと申します」

 デルフィも後に続く。

「同じく、拝謁の機会を賜り恐れ多く存じます。荒海国のデルフィと申します」

 クリスティンは名乗らず、ひたすら拝礼に徹している。

 寝言をほざきそうだから、というのもなくはない。しかし、どちらかというと儀礼としてそうしなければならないのだ。

 グスタフは、早風国女王フローラの家臣で、クリスティンはさらにその家臣である。フローラと春光国国王を仮に同格だとするならば、クリスティンは国王からみて陪臣級にあたる。

 そして陪臣、つまり家来の家来は、本来なら君主へのお目通りはかなわない身分なのだ。

 もっとも今回は、クリスティンもグスタフやデルフィを補助するために必要な人員であるため、ともに謁見する流れとなった。

 ……もっとも、そこまで細かいことを気にする者はこの場にはいないだろうが。

「私はフィリアと申します。皆様と実りある会談になるよう願っております」

 あいさつもそこそこに、グスタフが本題に入る。

「さて、我らが反勇者の同盟に、春光国も加わっていただけるようお願いしていた件ですが」

 明乃国と馬前国は、この同盟に直接には入らない……という体裁だが、その辺は春光国から承諾を得た後に調整すればどうにでもなる。二国が反対する理由がない。

 しかしフィリアは渋面。

「反勇者、勇者に反目すること、これに関しては我ら、意思を一つにしているのですが」

「それに何か問題があるので?」

 デルフィが問う。

「この同盟の主役は誰であるか、そこが問題でしょう」

「主役?」

 グスタフが問うと、フィリアは答える。

「勇者とは、歪んではいますが強大で、なかなかに屈服させがたい存在です。その勇者との戦いを先導するのは、これに立ち向かえるほど勇敢で、知恵の回り、求心力の高い存在でなければなりません」

「フィリア殿がそうであると?」

 グスタフ。フィリアはあくまでも淡々と返す。

「一個人ではありませんでしょう。国単位の問題です。皆を先導できるほど、緊密なつながりを形成でき、裏切りを出さない主導を行える国です。私はその国とは、春光国をもってほかにないと考えます」

 それはなぜですか?

 とはグスタフもデルフィも問わない。

 グスタフは、そもそも一国に主導権を握らせる気がなく、ゆえに相手の口車には乗らないという意思を有しているためだ。デルフィはおそらく、どう頑張っても一度大敗を喫した自国が主導権を握れると考えていないためだろう。

「果たしてそうでしょうか」

 グスタフは返す。

「何か対案があるのですか」

「そもそも、主導も何も、この同盟にはないのではないですか」

 対等志向。

「勇者、山麓国、どちらを想定しても、性質としては個の力。『個』に対して賛同者がつどっているだけにすぎません。そして、その個の力が果てしもなく強大であるからこそ、各国は苦慮しているのです。これに同じ個の力……『主導する国の力』を主として対抗するのは、正直なところ愚策でありましょう」

「愚策ですか」

 フィリアはまたも淡々と。グスタフには、全く感情を動かしている手ごたえは感じられない。

 しかし、それでよいのだ。それも予定のうち。

「多くの国が、そしてそれに属する武将が、貴族が、それぞれの力を上下なく結集してようやく倒せる相手。私はそう認識しております」

「上下なく、ですか」

「はい。それに……下手に上下を設けては、アダムス以外の理由で反発する国もありましょう。そうなれば同盟自体が壊れ、集団は個の単位までばらばらに崩れ去り、世界は勇者のでたらめな秩序に食われるに違いありません」

 春光国の主導的地位は認めない。これだけは譲歩できない。

 仮に策略をもって内輪揉めをするなら。

「もし何らかの策動により上下を設けようとする輩があれば、我々は全力でこれを排除する覚悟です。勇者に付け入る隙を与えるだけでなく、そのくだらない内紛そのものが、同盟の崩壊を、目的の不達成を招くと容易に予想できるからです」

 グスタフはそう言って、フィリアと、ついでに春光国国王の返答を待つ。

 口を開いたのは国王だった。

「お主らの意思、まことに立派だ。よく分かった」

「陛下。陛下は……?」

 グスタフが問うと。

「フィリアよ、主導権にこだわる必要はないのではないか。これはどう見ても、グスタフ殿の申すことに一理がある。対等な同盟、いや、本来同盟とは対等なものではないかね。そうでないものは従属と呼ぶ。そして従属では勇者には勝てぬ。それはまさに、内政感覚が壊滅的な代わりにたぐいまれな求心力を有する、あの勇者の領分だ」

「陛下、しかし」

「フィリアよ、不満はあろうが、この国王の顔に免じて、同盟を受けさせてはくれぬか」

 国王に懇願されては、彼女も反対しがたいのだろう。

「……かしこまりました。このフィリア、同盟に賛意を示しましょう」

 しぶしぶといった体で、彼女は一礼した。

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