▼19・血の流れない緒戦


▼19・血の流れない緒戦


 彼女はさっそく命令を受けた。

 馬車でちょっとした山を越え、雨をしのぎつつ森を抜け、のどかな農村部に差し掛かっていた。

 外交の相手は、明乃国。隣国であり、それなりの国力と軍事力を持つ。国家としてそれほど好戦的でもなく、勇者に反感を持つ勢力も皆無ではない。

 同盟相手としてちょうどいい国だ。

 この「ちょうどいい」というのが肝要である。

 国力や軍事力が大きすぎると、同盟中に主導権を奪われるおそれがあるし、同盟を破棄された際に脅威ともなりうる。早風と荒海の同盟に加わる形では、まさにそこが憂慮される。最終的に手を組むとしても、それは春光国がどことも同盟していない現在ではない。

 また、あまり好戦的でもない国柄なのも大きい。戦いが終わった後、次なる侵略を求めて春光国その他の味方の国に刃を向ける心配がまずない。

 勇者に反感を持つ勢力が一応いるのも評価点。これは説得の難易度そのものにも大きくかかわる。どれだけ味方として頼りになりうる国だとしても、説得してこちらへ引き入れるのに失敗したら元も子もない。

 もっとも、この国と同盟をするのに障害が無いとは限らない。手中にある情報がすべてではなく、不確定要素はいつどこにでも現れうる。

 しかし、それでよい、というかそれは仕方がない。この外交手腕と、一さじの知恵で切り抜ける。その覚悟が彼女にはある。

 そもそも彼女、外交を決して平和的な手段だとは思っていない。

 軍事力ほか国力を背景にするのはもちろん、時には機略を使って相手を譲歩させるもの、と個人的には考えている。

 そして、そこまでしても双方、結局はなんらかの利益を捨てざるをえない。

 それは同盟をしないで敵国に勝利した場合に得られる見込みだった利益、例えば山麓国の国力の独り占めかもしれないし、同盟中の他国に出す救援や援助の負担だったり、外交そのものに割く時間的、人的資源かもしれない。

 誰も真には歓迎しない、言葉だけ綺麗な「互譲」にまみれた営み。

 そう、誰も本心からは望まないのだ。

 望まないことを行わせることが、どうして平和でのどかだといえようか。

 しかし彼女はそれでも外交、特に同盟による勝利を追求する。勇者に立ち向かう最良の手段が、諸々の消費される資源を含めても、それであると彼女は結論づけるからだ。

 馬車は農村部をいつの間にか越えた。しばらくすれば国境にもたどり着く。

 彼女は馬車の中へも降り注ぐ、晴天の光をまぶしく思った。


 フィリアは無事に国境を越え、王都にたどり着き、国王に会うこととなった。

 事前の約束は先行した使いの者が行っていたため、この辺りは割と滑らかに進んだ。

 構造上、フィリアは一人で複数の相手を説得しなければならない可能性がある。なぜなら謁見の場では重臣たちが控えているからだ。

 しかし、今回は実質、国王との一対一であるように思えた。この国には、荒海国のデルフィのような、国王に匹敵するほど大きな発言力を有する者はなく、ある意味通常の、国王がそれなりに支配をし、臣下はそれなりに身の程を弁える国であるからだ。

 あの血の剣デルフィのような、実権を握るに限りなく近い、しかも頭の切れる専制気質の家臣がいるときわめて厄介だが、この明乃国は密偵を信じる限り、そうではないらしい。

 しかし油断は禁物。彼女は軽く表情を引き締めた。。


 しばらくして、使いが謁見の間――この国では評定の間を兼ねているようだ――にフィリアを通した。

 国王のそばには歴々が居並んでいた。

 もっとも、彼らも多少なりとも緊張している様子。明らかな敵対の兆しは見えなかったものの、老臣たち、ついでに国王の表情には、苦悩が見て取れた。

 苦悩。何に悩んでいるのか。

 やはり勇者派と反勇者派の、どちらが勝ち馬となるか、その情勢の測り方だろうか。

「春光国よりフィリア、同盟の使者として参りました。畏くも国王陛下の御前にて奏上申し上げる光栄を有します」

 フィリアはあいさつをする。

 国王も適当にあいさつをし、フィリアが、この同盟は山麓国、勇者アダムスの武威に対抗するためのものであることを説明すると。

「うむ……」

 国王は渋い顔。

「陛下、どうなされたのですか」

「いや、実はな……」

 聞いてみると、やはりフィリアの予想は当たった。

 明乃国国王は勇者に危機感を抱いているものの、それに対する他国の動向を心配していた。

 果たして反勇者の旗を掲げる国はどれほどあるのか?

 反勇者派は、勇者に対して勝ち目があるのか、それはどれほどのものなのか?

「恥ずかしながら、なかなか見極めがたく、皆で悩んでいたところなのだよ」

 国王は目をこする。きっと疲れているのだろう。

 ここでフィリアは二択に迫られる。

 一つには、他国を仲間にしてから、その勢いを反勇者派が勝利しうる証拠として提示し、明乃国を説得する。

 もう一つには、明乃国を何らかの妙案により、まずは反勇者陣営に取り込む。

 しかし彼女にとって、答えは後者しかない。

 仲間になってくれる他国をひたすら待っていては、目標は達成できない。なぜならどの国も、一部を除いて、迷っているのは同じだろうからだ。

 彼女の口は、ここから動き始める!

「陛下はご存じでないかもしれませんが、もはや勇者に表立って味方する、まともな国があるとは思えません」

「……どういうことだ?」

「詳細は申し上げられません。なにせ事は極秘裏に動いておりますゆえ」

 ハッタリ。

 見破られれば罪を免れない。しかし彼女とて軽率に仕掛けたわけではない。

 全ては同盟成功のため。やるしかなかったのだ。

「極秘裏に……できればその概要をお聞かせ願いたいが」

「申し上げられません。こればかりはいくら陛下でも、お教えするには少しばかり機密のものとなりますゆえ。ただ、少なくとも現状では、気の迷いや物好き、反骨心ばかり先走るヤンチャ者、あるいは勇者の考えに本気で感銘を受ける愚物を除いて、勇者に助力する勢力は無いと思われます」

 例外を述べたので、最低限の言い訳は立つ。まるで詐欺師のようだが、それでもこの場において、フィリアにとっては必要な技術であろう。

「勇者側に与することは、必ずや後の歴史家たちに、亡国の行いとそしられることになりましょう」

 彼女が言うと、国王は息を呑んだ。

「……そうか、裏で情勢はそこまで動いていたのか」

 今後、彼女の外交手腕で「情勢をそこまで動かす」ため、つじつまは最終的に合う。合わせてみせる。

 やはり詐欺師の精神である。

「分かった。この明乃国は、春光国と手を結ぼう。ともにあの歪んだ勇者と、戦いを繰り広げようではないか」

 フィリアは心の中で快哉を挙げた。

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