▼17・革新の罪


▼17・革新の罪


◆◆◆幕間の一


 ある日の昼頃、アダムスが王都の中を巡回していると。

「やめてください、痛い!」

「まあまあ、いいじゃないか、俺たちとちょっといい思いをするだけだぜ?」

「俺たちの服を汚したのをそれだけで済ませようってんだ、いい話じゃないか」

 明らかに女性に乱暴を働こうとしている、三人のゴロツキがいた。

 もちろんこれを見逃す「秩序」の化身アダムスではない。

「お主ら、何を乱暴している、番所に突き出すぞ!」

 彼が声を上げて制しようとする。

「乱暴? これは正当な請求だぜ」

「この女、菜種油をぶちまけて俺たちの服を駄目にしたんだ、身体で払ってもらうのは当然じゃねえか」

 アダムスは一喝する。

「馬鹿を言うな! 服とこのお嬢さんの操が同じなわけないだろう!」

「おっ、正義漢か、いいねえ、これ以上邪魔するとぶちのめしてやるぞ?」

 典型的な三下だが、アダムスはここまで来た以上、退く理由もない。

「こいつらに剣を使うのはもったいない。素手で思い知らせてやる」

「なめやがって、こっちはこれを使わせてもらうぜ!」

 取り出したのは短剣。

「おお、賢明な判断だ。お主らまで素手では歯ごたえすらないからな」

「ふかしやがって、おい野郎共、行くぞ!」

 勇者一人に三人の無頼が襲い掛かった。


 一方的な勝負だった。

「殴り殺してもよかったんだが、そうなっては番所の届出の関係で面倒だからな。しかし秩序を弁えない連中だった」

 アダムスはため息をつく。

「あ、あの」

「おおそうだ、お嬢さん、大丈夫だったか」

 彼は女性に優しく声をかける。

「あの、危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」

「それが仕事だからな」

「仕事? 警察軍の方でしょうか」

「ああ、いや、なんでもない」

 彼がしていたのは、あくまでお忍びの巡察。身分をむやみに明かすのは得策ではない。

「怪我はないか、応急手当ならできるぞ」

「いえ、おかげさまで無事です。なんとお礼を申し上げたらいいか……あ、そうだ!」

 女性は何かひらめいたような言い方で。

「私の家にお連れします。何か、粗末ですがお食事でも。お昼時ですし」

 アダムスは悪い気がして断ろうとした。

 が、思い直した。これも民衆の生活を知るいい機会ではないか。

「うむむ、本当によろしいのか、大したことはしていないのだが」

「いいえ、ぜひお礼をさせてください」

「そうか、それならご馳走になろう。人の厚意を素直に受けるのもまた筋というもの」

「ありがとうございます。祖父も喜びます」

「祖父? まあいい、案内をお願いできるか」

 はい、私についてきてください、と彼女は先導した。


 街外れの森の中。そこに小屋があった。

「なるほど、リーンはこの男性に助けてもらったと」

 助けた女性リーンの祖父がいた。

「ええ、抜群の組打で一気に無頼たちを叩きのめしたんです」

「だろうな。この人を相手にその辺のゴロツキでは勝負にもならん」

 何か引っかかる言い方だったが、アダムスは気にしなかった。

「翁殿、貴殿がリーン殿のお祖父さまであるか」

「然り。貴殿は……いや、名乗らずとも構いませぬ。こたびは孫娘の危機を救っていただき感謝に堪えませぬ」

「いやいや、私の務めであるゆえ」

 適当に言葉を濁す。

「ときに……」

 勇者は次の言葉に一瞬迷った。

「……最近目立っている勇者アダムスについてどう思うかな、翁殿」

 自分の話を、他人を装って尋ねる。わずかな罪悪感がないといえば嘘になる。

 しかし翁は真剣な表情で返した。

「それをお伝えするには、わしの兄の話をしなければなりませぬな」

「兄君? しかしここには……ああ、失礼した」

 兄の話。ここにはいない。

 つまり兄は故人であるかもしれない。

「左様、我が兄は討たれ申した。いまから六十年ほど前になるか、『六月二十日の政変』で」

 六月二十日の政変。アダムスも知識としては知っている。

 当時の国王が保守派だったのに対し、政治にまで口を出してきた一部の将軍たちが、急激な改革と思い切った重臣排斥を主張し、緊張が高まったときに改革派が謀反を起こしたのだ。

 幸いにも保守派の死者は少なく――いないわけでもなかったが――国王らも生き延びたが、改革派の横暴さはいまも細々とではあるが語り継がれている。

 アダムスはガレオンからもその詳細を聞いていた。

「つまり兄君は保守派で、そのときに非業の死を遂げられたと」

「その通りです」

 翁は白いひげをなでる。

「勇者アダムス様」

 名指し。彼は最初からアダムスの正体を看破していたようだ。

「わしはあなた様に期待をしております。伝統と旧来の秩序をよく守り、無謀な改革を抑え、よい政治をしてくださると確信しております。六十年前の兄の無念を背負って、とは全く申しませぬが、どうかあなた様の手で、行き過ぎた刷新から人々を救ってくだされ。あなた様の信じる道は、わしの信じる道でもあります」

 翁はそう言うと、一筋の涙を流した。

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