▼16・不屈の剣


▼16・不屈の剣


 しかしそう簡単ではなかった。

「申し上げます!」

 ボロボロの軍使が本陣にやってきた。

「どうした」

「西部の山林より敵の奇襲あり、兵を伏していたようにございます!」

 デルフィは目を見張った。

「むむ、まさかそちらが本命だったとは」

「我が軍は側面を突かれ、崩れかけております!」

 しかし、そこでも混乱しないのがデルフィ。

「すぐに兵を引きましょう」

「なに? 不利は分かるがしかし……早過ぎぬか。もう少し頑張らねば……」

「ここで判断が遅れて総崩れになれば、国家滅亡の危機に瀕しますぞ。決戦とは山麓国の運命を決するための戦であり、我が方を滅ぼすための戦ではありませぬ。敵の士気が全体として高いのも考慮しなければなりませぬ」

 彼は続ける。

「幸いにもここまでの設営に兵を残しておりまする。つまり現状、殿軍に兵を多く割いても、道中で退却のための兵力を拾える状勢にあります。これは偶然なれど、早めに退却の判断をすべきという天からの助言にございましょう」

「そうか。そうだな……退却の指示を出せ。殿軍は……」

 言いかけると、多数の貴族が手を上げる。

「私にお任せあれ!」

「わしも加わりますぞ!」

 思いがけない挙手。

「どうしたのだ」

「デルフィ殿は、戦いの前からも充分に頑張られた。せめてわしらが殿軍の任を果たさねば、面目が立たぬというもの」

 おそらく、殿軍に多くの兵力を割くことができ、相対的に通常の退却戦よりは危険性が減っているというのも一因だろう。

 しかしそれでも、デルフィは彼らの心意気を頼もしいと感じた。

「そうか。ではファルゲン、ジャンダイン、フォーエイツ、この三人に殿軍を任せる」

「御意。若いのには負けませぬぞ!」

 かくして退却は決まった。


 充分に離れた場所から、観察するおなじみの二人。

「退却か。賢明な判断だ」

 グスタフは、朽ちて廃された砦の、狭い高台から、望遠鏡で観察する。

「えっ、主様、荒海国が負けちゃうんですか?」

 望遠鏡は一本しか用意できなかったので、グスタフの様子を見ていたクリスティン。

「そうだな」

「せっかくの機会だったのに、滅亡の危機もあるんじゃ……」

「いや、機会はこれからだ」

 彼は構えたまま話す。

「前にも言ったとおり、荒海国は勢いがつきすぎていた。少しばかり冷えてもらわないと困るんだ。それに」

「ほうほう」

「国力もまあまあ落ちるかもしれないが、中心人物のデルフィが頑張れば、存亡の危機は免れる、どころか充分に巻き返しを図れるだろうしな」

「ほぇー」

「適当な相槌だな。ともかくあの人は、報せを聞く限り、そういう人物だ」

「へへぇ」

「周辺国への影響も、デルフィや俺たちが全力を出せば、勇者側に一気に傾きはしない、はずだ。まだ世界の戦いは始まったばかりだ」

 風が冷える。

「幸い、兵站確保の目的ではあるが、デルフィは兵を道中に残している。それらを回収すれば、まずアダムスの反攻で危機に陥ることはないだろう」

「兵法難しいですね」

「ああ。そういえばアダムスの伏兵戦術も、敵ながら見事だった。本当に、これほどの人物の内面が、ちょっとどうにかしているのが悔やまれる」

「悔やまれるで済むものでもないですよ。世界の大迷惑です」

「全くだ」

「ところで」

 狭い場所で、クリスティンは不満げに何かを押し付ける。

「私とこんなに密着して、お、おっぱいもくっついているのに、何も言わないんですか」

「おや、気づかなかった。すまない。アダムスの用兵に本気で感心していたから」

 全く動揺することもなく、素でグスタフは答えた。

「すまない、じゃないでしょ、ばか、兵法ガリ勉!」

「痛い! これ俺が悪いのか?」

「このばか、へんたい!」

「それはいくらなんでも、痛、ひどくないか、痛い」

 とても戦場を観察していたとは思えない二人だった。


 敗北。しかし帰ってこれただけでも御の字である。

 殿軍の将も任務を無事に終え、帰投の途中にある。

 デルフィの判断が早かったおかげでもあり、偶然ながら設営に兵を残してきたためでもあり、そして……アダムスの兵士結集や戦術の力を見くびっていたせいでもある。

 悔やんでも悔やみきれない。せっかくの決戦の機会を、敗北で塗り固めてしまった。慢心があったのだろう。

 自分は才が足りないのかもしれない。

 デルフィが内心で無力を感じつつ、戦後処理のため評定の間で待機していると、取次人がやってきた。

「後始末でご多忙のところ、失礼ながら申し上げます」

「どうした」

 王の問いに答える。

「早風国の外交の使いがやってきております。あの『早風の真打』とあだ名されるグスタフ、そしてその従者です」

 運命は新しい風を吹き込ませた。

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