▼15・勇者への挑戦
▼15・勇者への挑戦
某日、荒海国の軍勢は国王自らの指揮の下、出撃した。いわゆる親征である。
とはいっても、実際に軍務を司っていたのはデルフィ。
並みいる重臣たちを押しのけて、副大将のような権限を掌握しているのは、勇者派下ろしが彼の主導によるものだったのもある。
しかしそれ以上に、彼の血まみれながらも巧みな手腕に、少なからず国内の貴族や王が着目したのもある。
親征が実際は優秀な配下により取り仕切られるというのは、よくあることだが、それを若手の下級貴族デルフィが司るのは、結構な異例でもあった。
ともあれ、進撃する荒海軍は、ある砦でその足を止められた。
「デルフィよ」
「はっ」
「ガレット砦にずいぶん手間取っているようだな。道中も盛んに、こまめに設営を設けてきたゆえ、全体として時間がかかっている。まずいのではないか」
国王が当然の疑問を発する。
しかしデルフィは答える。
「結論から申しますと、初めから見通しております。計画のうちですな」
「どういうことだ」
砦がなかなか落ちないのも計算の内。なぜなら、この作戦行動は勇者本隊との決戦こそが主眼であるため。
したがって、砦が堅いのも確かにあるが、あえて攻撃の手を緩くし、時間をかけた上で損耗も小さめに制御していた。
兵站は問題ない。要所にこまめに臨時拠点を設営していたのは、まさに兵站のためであり、このような中長期に及ぶかもしれない出征を可能にするため。
以上のことをデルフィは国王に説明した。
「なるほど。アダムス本隊を野戦に引きずり出す策などはあるか?」
「間者を用いて決戦の風潮を煽っております。また、それ以前に我らはすでに国境を越えているため、奴らの側に迎え撃たないという選択肢はありませぬ。秩序を唱える奴らにとって、自国に攻め込まれているのを放置する選択は主義に反しますゆえ」
「なるほど」
国王は素直にうなずいた。
「砦の攻略に手間取ることすら術計の中か」
「もっとも、兵たちの士気が長期戦で落ちることには気を付けなければなりませぬ……が、いまのところ、その予兆はありませぬ」
「むむ」
デルフィは山麓国首都のほうを向いて言う。
「本隊が出てくるまで、多少の辛抱ですな」
肌寒い風が吹いた。
果たして、勇者に率いられた山麓国の主力が救援にやってきた。
しかし。
聞いたとおり、兵数が多いな。面倒だ。
デルフィは物見台から心の中で愚痴る。
間者から得られた情報によると、荒海軍が砦を緩く攻撃している間に、勇者は演説とともに義勇兵を募ったようだ。彼の大きな求心力に、多くの民が惹かれ、結果として士気の高い兵士を大量に補充することができたらしい。
増員分の兵糧や衛生用具等も、勇者を慕う商人たちから格安で入手できたようだ。つまり兵糧攻めはまず通用しない。
――本当に求心力というのは、なんにでも活用できるようだな。
少なくとも勇者に比しては、人を惹きつける魅力に欠けるデルフィは、まるでズルをして競技に勝つ悪童を見るような目で、勇者軍本陣を見やる。
とはいえ、彼の側は不利である。
勇者軍との野戦に移る場合、砦に、少なくとも城外への突撃奇襲を受けない程度に、包囲勢を残しておかなければならない。兵站用の設営にも、もとから兵力を残しているし、その兵たちを決戦に投入するわけにもいかない。兵站確保は勝利の最低条件である。
結果として、全力には程遠い兵力で勇者軍を相手にしなければならない。
もし、荒海軍が全力に近い兵力で野戦に臨める状況だった場合、勇者軍に比して兵力的に有利だったに違いない。
これにつき、アダムスの演説で兵が集まったから、やはり不利ではあるだろう、と考える者もいるかもしれない。
しかしそうはならなかったと思われる。義勇兵募集が成功したのは、決戦に投入できる荒海軍の力が充分ではないこと自体も、追い風になってしまっていたと彼は考える。
荒海軍の兵数が充実していれば、輝く邪悪アダムスの演説といえども、敵の兵力に民衆は二の足を踏み、それほど義勇兵は集まらなかったのではないか、士気もそれほど高くはならなかったのではないか、と彼は分析する。
しかし、いまから考えても遅い。
荒海は、というかデルフィは、結果として下手を打った。
とすれば、もはや現場での用兵術で勝つしかない。戦略的な措置の時間はもう終わり、戦術がぶつかり合うべきときである。
彼は苦い表情をした。
勇者軍は北側、荒海軍は南側に布陣している。
中央を川が流れており、西部には山林がある。うっそうとしており、一帯が密な空間となっている。
勇者軍は深そうな川の手前で、弩、長弓、銃などの兵をがっしりと配備しており、渡河中を狙い撃ちして壊滅させる気であると思われる。
「どうするか。まっすぐ進めば、川を渡りきる前に全滅しかねん。防護の盾も我が軍はそれほど充実しておらぬ」
するとデルフィが答える。
「近隣の漁師に金を握らせて聞き取ったところ、興味深いことが分かり申した」
「うん?」
「あの川、この時季は見た目と異なり、非常に浅いようでございます。水位が下がっているのですな」
「ほう」
「射撃部隊は確かに面倒ですが、川に足を取られるかといえば決してそうではなく、現状の盾で防ぎながらでも、多少の犠牲はあれど充分に白兵戦に持ち込めると愚考いたしまする」
「なるほど」
国王は深くうなずく。
「川が浅いのは盲点だったな。まっすぐ突撃でいけると申すのだな」
「然り。勇者側も分かってはおりましょうが、『踏み込めない状態』を演出して、持久戦で我が方と根比べし、兵を引かせるつもりでございましょうぞ。各所の兵站のための設営はありますが、それでも、こちらは攻め込んだ側で、あちらは守る側でありますゆえ、根比べとなればこちらに限界がある、と踏んだのでしょうぞ」
「なるほど。ではやることは一つだな」
「然り。盾を構えた上で前進ですな」
言うと、国王はうなずく。
「全軍前進の命を出せ、やつばらを思い切り打ち砕くぞ!」
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