▼14・聖断とお気楽な主従
▼14・聖断とお気楽な主従
果たして、彼はまたも現れた。
「秩序の勇者アダムス見参!」
当然のように不意討ちで、その刃をデルフィへ叩き込もうとする。
「甘いっ!」
そしてまた当然のように、その完全な奇襲をはっしと受け止める。
「デルフィ、またお主か、この粛清好きが!」
「ずいぶんなごあいさつだな」
「何度も輝かしき古き秩序の賛同者たちをいたぶるその所業、私が許さん!」
「秩序秩序うるさいのだよ勇者。その秩序は何人殺したら止まる、貴様の二つ名は『深刻な馬鹿』あたりで充分ではないかね!」
「仮にそうだとして、『血まみれの仲間殺し』よりはだいぶ上等だと考えるが、異論はあるか!」
「大いにあるから、いま打ち合っているのではないかね、そんなことも分からぬのか、ずいぶん幼稚な頭であるな!」
粋とはとうてい言いがたい舌戦を繰り広げつつ、剣もぶつかり合う。
ある種奇妙な光景に、しかし誰も笑ってなどいない。お互いの技量と言い知れぬ勢いの強さに、加勢すら忘れて圧倒されているようだ。
「減らず口を、お主は粛清と煽りしか能がないようだな!」
「どちらも貴様の芸事であろう、自分の言葉で己を突き刺すのはやめたまえ、滑稽でしかないぞ!」
「私の剣と弁舌には、古き秩序への、大勢の思いが込められているのだ、お主は形だけ真似ているにすぎないだろう!」
「その古き秩序とは、つまり貴様の幼稚な世界観にすぎん、やるなら己のみで悦に入っていればよい、そうすれば斬られずに済むぞ!」
「秩序の使命こそがこの剣を握らせる、確たる理想も持たぬお主のような虚無を切り裂くため、真の理想を打ち立てなければならないのだから!」
まるで平行線の舌戦。
ある貴族が「話し合いで解決」などと言っていたことをデルフィは思い出したが、それがいかに無理難題であるか、この有様をぜひ見せて分からせてやりたかった。
そして、周りを囲んでいた貴族がやっと気づいた。
「おのおのがた、デルフィに助太刀するぞ、アダムスに一斉にかかる!」
包囲の陣から一気に刃の滝を浴びせる腹積もりを察したアダムスは。
「ふん、ここは退いてやる、せいぜい首を洗って待っていることだな!」
強引に包囲を踏み破り、逃走した。
「待ちたまえ!」
「これは逃亡ではない、戦略的撤収だ、よく覚えておけ!」
追いかけようとするも、アダムスは山道に慣れているようで、みるみるうちに離れてゆく。
「またかき回された……畜生め」
デルフィは、枝葉を払ったり強者の猛撃を受け止めたり、忙しかった己の剣をいたわるように鞘に納めた。
この駆逐行為により、国内は、恐怖にまみれながらもだいたいは反勇者、アダムスを倒すべしという意見にまとまった。暗黙裡の合意を取り付けたのをデルフィは肌で感じていた。
そこで彼は言った。
「今こそ山麓国に進軍し、『深刻な馬鹿』あるいはアダムスを討ち果たし、冥府へと葬り去るべきです」
今回は国王も迷わなかった。
「事ここに至ってはそれしかない。もう迷わん。アダムス打倒の兵を起こす!」
彼はこぶしを胸の前で握りながら、問う。
「おのおのがた、異論はないな」
「異論なし!」
「賛成です!」
「今こそアダムス討伐の時!」
全員の意見は、きれいなまでに一致した。
貴族たちだけでなく民衆も、ほとんどは勇者討滅に賛成のようだ。
デルフィによる恐怖の力もあろうが、やはり勇者支持派や穏健派が国政から去れば、おのずと反勇者派の考えが民衆にも浸透するらしい。
この国が民主主義国だったなら、勇者支持派の後継者たる政治家が続々と現れて生き残るのだろう。
しかし荒海国はそういった国ではなかった。いちおう国王と貴族による、基本的に世襲の政治が行われており、民衆も込み入った政局の話にはそれほど興味が無かった。彼らが心配しているのは、日々の食料と、毎日の売り上げと、面白い見世物、そして――勇者がこの国を占拠した場合にどうなってしまうのか、という不安。
アダムスの求心力に直接あてられていない荒海国の民は、勇者による内政がひどいものになるであろうということを、まだ判断する能力があった。政治教育の機会が民衆にはあまり無いとはいっても、その危険さを最低限かぎとることは容易だった。
もっとも、だからといって戦の前は忙しくなることは変わらない。
「王宮の兵糧庫に納品って、いくつだ!」
「二百単位を四百包だ!」
「おい、聞いてたのと違うぞ!」
「遅れが出ている、門番に止められたみたいだ!」
軍需品を扱う商会を中心に、にわかにばたばたと立て込み始める。
夜。外がまだ立て込んで少しうるさい中、ねぐらで、グスタフとクリスティンは話をする。
「とうとう勇者との戦いが始まるんだね」
「合戦に限らなければ、アダムスが勇者になった時点で、諜報戦だの暗闘だの、紛争はもう始まっているけどな」
「主様はすぐそうやってあら探しをする!」
彼女はグスタフのほほを指でつつく。
「水を差す……そういえば、私たちの早風国は、援軍でも送らないんですか?」
「何も外交交渉をしていないのに突然送るのは、不自然だし要らぬ騒動の種になるだろう」
「そこなんですよ」
彼女はグスタフのほほをつつきながら、疑問を発する。
「なんで外交して同盟を結ばないんですか。少なくともフローラちゃんと」
「『女王陛下』な。毎度のことだが」
「フローラちゃんと荒海国は、敵を同じくしているじゃないですか。組める相手と早いうちに組むのは、主様もお得意の外交戦略の基本では?」
グスタフは干し肉をかじりながら答える。
「今回に限ってはそうではない。荒海国の勢いが強すぎるんだ。……荒海国の判断そのものは正しい。俺は無血でアダムスを打ち破れるとは思っていない。アダムスによるノルンたちの粛清が間違っているのは、単なる流血でも同輩殺しだからでもなく、過激な現状維持という、大勢が不幸になる原理の下に行っていたからだ」
「じゃあ、なんで」
「……荒海国が山麓国をもし滅ぼし、勇者を討ったとしても、自らをたのみすぎて、同盟国となるところの我らの早風国を軽んじるおそれがあるんだ」
「ほぇー」
「国家の外交というものは、勇者を倒したら閉幕するわけではない。今回に限らず、常にその後を考えなければならない」
「へえ。そんなもんなんですか?」
「そうだ」
「それは女王さ……フローラちゃんの考え?」
クリスティンは固いパンを、その小生意気そうな外見のとおり、見事にかみ切る。
「俺と女王陛下、双方の考えだ。手紙を送ってみたところ、話を交わすまでもなく意見が一致していた」
「へえ。主様だけでなくフローラちゃんも同じ意見だったら安心だね」
「それは俺にケンカを売っているのかな」
「うへ、ご主人様、怒って私を強引にイタして物のようにむさぼっちゃうの、やーよへんたいさんなんだから!」
「誰もそこまで言ってない」
「イってないの?」
「そうじゃない。いきなり変態になってどうしたんだ」
言うと、クリスティンはムニャムニャ何かをつぶやいた。
「ばか……女の子だって……んだからね」
「なんだって?」
グスタフは無言で蹴られた。とても痛かった。
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