▼13・奴の揺らめき


▼13・奴の揺らめき


 その後、デルフィはカーラが自分を殺しに来たこと、そしてやむなく返り討ちにしたことを、評定の場で報告した。

「そうか、カーラが……」

 国王はやや口数少なくも、その意味を噛み締めたようだった。

「そもそも、このような事件が起きたのも、もとはといえば粛清が不徹底だったからでございましょう。その一言に尽きまする」

「そうだな……」

 半ば国王を責めるかのようなデルフィの口調。

 無理もない。

 カーラが暗殺に及んでも、それが無駄な悪あがきにすぎないことは、彼の剣技を知る者にとっては当然のことである。

 しかしだからといって、自分に殺意の刃が向かってくるのを、彼は喜ぶような倒錯者ではなかった。

 特に彼のほか、命の奪い合いが何たるかを知る者にとっては、斬り合い、特に奇襲のような突然に始まるたぐいの戦いにおいては、番狂わせが充分に起こりうることを知っている。

 実力差があることは、上手側が安泰であることを必ずしも保証しない。

 そこで一人の重臣が報告した。

「陛下、勇者支持派の残党が『夕霧の山』に結集し、近隣の豪族や山賊を吸収して、再起の時をうかがっているようです」

「なにっ」

 目を剥く国王。

 この機に畳みかけられる情報。そこから導き出される答えはただ一つ。

「陛下、今こそ申し上げます、ここに至っては夕霧の山を狩り尽くし、勇者支持派に再起も適わぬ最後の一撃を叩きつける時ですぞ!」

 デルフィは響き渡る大声で己の意見を放った。

「この機を逃しては、勇者支持派が勢いを取り戻し、我々にその無分別な刃を向けてくることとなりましょうぞ!」

「むむ」

 国王は自らのひげをなでる。

「さらに申し上げますが、この機に、国王陛下のご配慮により助命されたカーラのような者も、まとめて死を与える好機と存じます」

「それは……」

「さもなくば、カーラの真似をする者により、凶刃に倒れる同志の姿を見ることにもなりましょう」

「むむ、それはそうだが、しかし」

「矢はすでに放たれているのです。それが勇者アダムスの出現によるものか、粛清の始まりによるものかは後世の歴史家に判断をゆだねるとして、世界はすでに動きつつあります。我々は、この国は、そして世界は陛下のご英断を待ちわびておりますぞ!」

 追い込みをかけるデルフィ。

 彼は、勇者との戦いに万一負ければ、その行状により真っ先に処刑される人間であろう。

 彼自身はそれをとうに知っており、それでも真の秩序のためには、慎重な国王とともに、あるいはそれに代わり、自分が全てを背負う覚悟でいた。

 全てはアダムス一派という病巣を切除するために。

「……分かった、よかろう。夕霧の山を狩り尽くす、各々方は準備につけ!」

 国王は高らかに命じた。


 草を、枝をかき分け、落ち葉を乱雑に吹き飛ばす。

「狩れ、やつらのねぐらを一個たりとも見逃すな!」

 隊長格の男が喝を入れる。

 その光景を見ていたデルフィ。

 ――将兵の士気は落ちていない。

 彼らは概ね、少なくとも嫌々だったり、命令に不服を見せる様子もない。

 かつての味方を倒すことにもなろうが、それでも士気が保たれている点は思いがけない幸運だった。

 反勇者、勇者打倒という根本的な展望が共有できている証である……と思いたい。そうデルフィは考えた。

 彼も前線に立って山狩りを進める。

「邪魔はすべて振り払え!」

 最近手になじんだ剣で、邪魔な枝を払い切ると。

「デルフィ! その首もらった!」

 潜んでいた敵からの奇襲。

 迫る刃、刹那の交差。反勇者派の血まみれの戦士は、ここに倒れるか?

 そのはずがなかった。

「甘いわ!」

 彼は渾身の剣法にて、一撃を返した。

 相手もさるもの、奇襲に失敗してもこの反撃を弾く。

 しかし、デルフィのほうが上手のようで、敵の剣はいともたやすく弾き飛ばされる。

 飛んでいった剣が、ちょうど巨木の根に刺さる。

「まだまだ、食らえ!」

 敵は距離を取り、投剣を繰り出す。

「ハッ、それがどうしたというのだ!」

 その全てを打ち落としつつ、デルフィは猛然と向かう。

 飛び上がり、雷神のごとき一閃。

「グハッ!」

 頭を割り、その剣が胸まで及んだところで引き抜かれる。

 死体を蹴り飛ばし、デルフィは勝利の名乗りも上げずに言う。

「さあ、見世物ではないのだよ、おのおのがた、山狩りを続けたまえ!」

 承知! と兵たちは己の任務を続けた。


 ある者は言った。

「血と泥にまみれた汚物め、いずれ天罰が下るぞ!」

 デルフィは真っ二つに斬りながら返した。

「その血と泥を天に捧げるからこそ、我々は勝利をつかめるのだよ!」

 またある者は言った。

「人をたやすく斬る者は、いつかいとも簡単に斬られることとなろう!」

 彼はその胸を刺し貫きながら返した。

「ならばそれまでに正義を完成させるまでだ。必ず、その時までにはアダムスを冥府へ送る、これは運命なのだよ!」


 しかし、大々的に行ったにしては、それほど大きな成果は出なかった。

「逃げられたか」

 大物の首や身柄は少ない。勇者支持派の中枢は、王都を追われ、流浪の身になったといえど、いまだこの世のどこかにいるはず。

 そして、二度あることは三度ある。

「まだ解散はしない。そろそろ来るはずだ」

「誰がです?」

「勇者がだよ」

 彼は影の揺らめきを見る。

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