▼12・己の罪を悔いろ
▼12・己の罪を悔いろ
デルフィの勇者支持派の粛清については、決意のもとに行ったにもかかわらず、最小限の政治的配慮から、天誅を断念せざるをえなかった者がいる。
王室の遠縁に、粛清を免れた未亡人カーラという者がいる。彼女らがまさにその政治的配慮を受けた人間であった。
もちろんデルフィは、事前の謀議にあたって粛清の徹底を主張した。たとえ王室の系譜の隅に名を連ねる人間であっても、亡国の悪には相応の罰を下さねばならない。
それが女性であっても関係ない。特にこの世界では、女性も貴族の位を継いだり、将校として戦う者が山ほどいたため、性別によって扱いを違える理由は薄かった。
しかも特にデルフィは、性別による区別より、正義のありかと陣営のいかんを重んずる人間であった。
平たく言うと、カーラは彼にとって、女性や未亡人である前に「敵陣営の悪人」でしかなかった。
斬りたかった。禍根を完全に断ちたかった。
もっとも、勇者支持派の元締め級を逃がしてしまっているため、カーラを斬ったところで、結果としては不完全には変わりないが。
などと考えていると、使いが走ってきた。
「デルフィ様に来客がありました」
「誰だね」
「未亡人カーラ殿です」
これは難癖をつけて斬る流れを、運命はご所望か。
彼はさりげなく腰に帯びた剣の具合を確認してから、「よかろう。なんの用件か分からぬが、非礼はできまい。通したまえ」と命じた。
彼女は毅然と、あるいはデルフィが不快に感じるほどはっきり言った。
「デルフィ殿の、血の雨を降らすそのお心は間違っています」
ならば、あなたも雨の一滴として降ってもらい、それが間違っていないことを、痛みとあの世の理をもって実感させてやろうではないかね。
しかし、いくらケンカを吹っ掛けられたとはいえ、ここですぐに剣を抜いて斬りかかるのももったいない。
命を刈り取るのは完全に論破した後が良い。あの世で悔やむ動機を与えてからでなければならない。
デルフィは死後の世界の存在など信じていないし、信じたところであの世より現世が満たされることを何より望む人間であるから、彼は自分でも何を思っているのか分からないのだが。
きっと死を先に与えては、絶望を味わわせることができないから、方便を使っているだけなのだろう。無意識下で。
「しかしカーラ殿、相手たる勇者はあまりにも強大です。国が一つにまとまり、それだけでなく世界中が勇者を拒否する流れを作り出さねば、世界の破滅は免れますまい」
「そこで血を流すのですか」
「左様。正しくないものに汚染された人間を染め直すことができるかどうかは、私にも分かりかねますが、少なくとも彼らの活動を永遠に停止し、汚染された部分を汚染されていない部分から切り離すことが、最も効果的であると思いませぬか」
「そうは思いません。勇者の影響を汚染といえるかも問題ですけれど、勇者と意を同じくするものと話し合い、世界を中庸へ落とし込んでいくことが最も適切と存じます」
それは勇者への譲歩を意味する。そしてその譲歩は、確実に世界を暗黒へ近づけ、この世を歪ませる一因となろう。それは勇者の思想、ことに内政の姿勢をみるに明らかである。
この女、勇者の情婦になったとか、勇者支持派に篭絡されているとか、何かあるのか?
実のところ、こうしたデルフィのやりすぎの疑りはさすがに的外れなのだが、ともあれそう感じるほどには、カーラは勇者に染まっている。
……いや違う。カーラは勇者の思想に染まったのではなく、きっと持ち前の均衡心とでも呼べるものを発揮して、結果として勇者側に進出の余地を与えようとしているのだろう。それこそ無意識、害意もなく。
「世の中には一歩たりとも譲歩してはならないものがある。分かり合う必要のない、分かり合うだけ害悪にしかならない代物があるのですよ」
「勇者アダムスがそうだというのですか」
「いかにも。存在を許してはいけないものですな」
「私は……分かり合うことこそが人間の長所だと思っています。剣を交えず、言葉と理性によって正しさを分かち合う、そんな世界が理想である、そして人間はそれを為しうる以上、それをこそ目指すべきだと」
「それはあなたの感想にすぎませぬな。存在を許してはいけないものが、この世界にはある。そう考えているからこそ、懐に短剣を忍ばせてきたのではないかね!」
デルフィによる喝破。
隠し持っているものをズバリと言い当てられた未亡人カーラは。
「そうですね。どうにもならないというなら、この刃を用いるしかありません」
「本性を現したな腹黒。話し合いどうこうと言っておきながら、これでは自己矛盾ではないかね、恥ずかしいとは思わんのか!」
「これは善の刃、真にやむを得ない、話し合い以外の最後に選びうる手段!」
「ただの恥ずべき矛盾だな! それに荒事で、貴様のごとき雑魚が、よりによってそれがしに勝てるとでも思っているのか!」
彼女は短剣を構え、彼は剣を抜き放った。
曇り一つない、決意と確信の乗ったデルフィの得物。
彼女はその鋭さに多少の身じろぎをしながらも、なお構えを解かない。
「真にやむを得ないのはそれがしのほうだ、それしかないから血の雨を降らしているのだとなぜ分からんのだ!」
「その理屈、それこそが手の施しようのない、例外として短剣を突き立てるべき考えなのです!」
「勝手にしろ! それがしは己を信じる!」
カーラは稲妻のごとき突きを繰り出すが、簡単に弾かれる。
力量差だった。カーラも決して戦えない人間ではなかったが、あまりにデルフィが上回りすぎた。
「己の罪を悔いろ!」
デルフィは、彼女の首に破邪の一撃を打ち込んだ。
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