▼11・処刑場の決闘
▼11・処刑場の決闘
そのとき。
「処刑されようとしている秩序の担い手よ、無残にも彼らを手にかけようとしている無法者よ!」
誰かが処刑場に乱入した。
「この勇者アダムスが、秩序を取り戻しに来たぞ!」
ほかならぬ邪悪な命運。支離滅裂な秩序を双肩に担う無道の奔流。
「古き秩序を支える者は、この私が助ける、それが正義の意思だ!」
その本人がお出ましになった。
「まずは内紛の根源デルフィ、尋常に勝負だ!」
そのまま剣を振り上げて斬りかかるアダムス。
しかし。
この事態にデルフィは全く驚かなかった。事前に情報を得ていたのだ。
当然である。勇者に関する人物の処刑を行うのに、当の勇者の動向をどうして無視するだろうか。豆のスープを作るのに、煮炊きの道具の出来を無視する料理人はいないのだ。
それでも、普通の人間なら、まさかアダムス本人が来るとは思わないだろう。情報を得ても半信半疑、あるいは正常性が続くという思い込みにより己の予感を直視しない。
しかし彼は読み切った。デルフィも大概、歪んだ人間なのかもしれない。
だがそれは、いま問題にすることではなかった。
デルフィは、突然飛び出してきたアダムスの斬撃を弾く。
「ほう、なかなかだな、一撃は耐えたか。しかし私に勝てると思うなよ、私とお主では善悪が違う、善、すなわち古き秩序を擁護する剣こそが正道にして究極!」
勇者はその証たる宝剣――ではなく、おそらく戦闘のために作られた消耗品としての剣を空にかざす。
消耗品とはいっても、名工の手によるものであることが、刃のきらめきから見て取れた。
「ちょうどいい。秩序が好きならあの世でじっくり考えたまえ。こないだ剣を買い替えたばかりで、手に馴染ませなければならない。試し斬りついでに、己を振り返る場へと葬り去ってやろうではないかね」
デルフィは剣をブンブンと振り、しっくりくる握りを調整した上で、構えを取った。
アダムスが横へなぎ払えば、デルフィは素早く飛びのいて避ける。
頭頂から断ち切ろうと縦に打ちかかれば、技巧をもって弾き流す。
逆にデルフィが渾身の突きを、装甲に守られていない首に狙い打てば、勇者は避けるのではなく剣で払いのける。避けようとすれば、流れ舞うような野獣のごとき連撃が来ることが分かっているからだろう。
一進一退の攻防。周囲は間に入ることすら忘れ、あるいは二人の力量に届かないためそれができず、二人の一騎討ちを見守っていた。
しかし。
「――くっ!」
デルフィは剣筋を誤り、弾かれた拍子にわずかに手首を痛めた。
「おお、デルフィよ、やっと呼吸を乱したぞ!」
デルフィはそのまま勇者の剣術で、情けなくもしりもちをつき、アダムスは勝ち誇ったように剣を突き付ける。
「さあ秩序の敵よ、後悔を聞こうではないか、秩序を共有する輝かしき人たちを、その傲慢かつ稚拙な裁定によって地に沈めてきたその言い訳ぐらいは、聞こうではないか!」
アダムスは最後の言い分を聞こうとする。
ちょうど、デルフィが死刑囚となる者にしようとしたように。
周囲も、こうなっては今度は、デルフィを人質に取られたようなもので、うかつにアダムスの身柄を確保しに向かうこともできない。
そのとき。
「――ぐっ、かはっ!」
誰かが放った弩の矢らしきものが、アダムスの腹をえぐった。
もっともアダムスは、軽鎧のほかに下に何か着込んでいたようで、おそらくではあるが大怪我にはなっていない。
デルフィはその一瞬を見逃さなかった。
「そこだアダムス!」
彼の渾身の一閃は、逆に今度は勇者の足をもつれさせた。
「卑劣な……観衆の中に不意討ちの者を仕込むとは!」
「なんのことかね! ふざけたいいがかりはよしてもらおうか!」
実際、デルフィはあの矢がグスタフの介入によるものであることを知らない。
勇者もこの時点では知らないが、ともかく彼は態度を変えた。
「戦いを続けたいのはやまやまだが……これでもくらえ!」
煙玉。すさまじい量の煙が、あたりを白く塗りつぶす。
「むむ、これは!」
しばらくして、煙が晴れたとき、勇者は群衆に紛れたのか逃げ道に巧みに入っていったのか、その姿を消した。
その後、グスタフたちはすぐ町の広場の物見台に昇り、懸命に勇者を探した。
しかし見つからない。
勇者は、いかにも勇ましい前口上とは裏腹に、失敗時を考えて逃走路をあらかじめ確保していたのかもしれない。
そして、逃げ足もおそらくは速い。足そのものの速さもさることながら、逃げ道への入り方、追っ手の撒き方も心得ているに違いない。
「あの勇者、とんだ食わせ者だな。内政はあれほど苦手だというのに」
「全くですよ、私でも足取りをつかめないなんて、かなりのクソ野……人物ですよ」
クリスティンが毒づきかけて訂正する。
「そこまでの『人物』なのに、どうして無茶苦茶な内政をして、そのねじ曲がった……いや真っすぐではあるな……馬鹿げたほどに真っすぐではあるが実用的でない信念を、世界に押し付けるんだろうな」
グスタフが目頭をもむと、クリスティンが茶化すように答える。
「個人の才能とは、天賦の資質とは、えてしてこうもたやすく偏るものだ、とか主様は言いそうですね」
「あ? 俺の真似のつもりか」
グスタフはこの図に乗った従者を小突こうとしたが、やめた。
「いや、確かにその通りだな。たまにはいいことを言うじゃないか」
「いいことって、これ主様の真似なんですけど」
「つまり俺はいいことを言うってことだな」
「もうそれでいいです。ところで主様、最近、他国の事件に首突っ込んでませんか?」
勇者支持派の粛清事件を積極的に拡散したり、アダムスを暗器で狙撃したりしたことである。
「……そうだな。実はノルンの一件から、女王陛下と少し信書のやり取りをして、方針を変えさせていただいたんだ」
「へえ。とはいえ、現状、中途半端ですよね。粛清にも参加はしませんでしたし」
「様子を見ながら、でなければならないと陛下から厳命された。万一、敵方に捕まりでもすれば、早風国はすぐさま山麓国から敵視される。それ自体は女王陛下も覚悟がおありだろうが、いまほど柔軟な動きはできなくなる」
「へえ。フローラちゃんも考えてるんですね」
「当たり前だろう……お前は国の元首をなんだと思っているんだ……」
「だってフローラちゃんっぽくないもん」
「お前……まあいい。この物見台にいても、もう意味はないだろう。帰るぞ」
「そうですね。帰ろっと」
グスタフが先に、クリスティンが後からはしごを降りた。
視界にクリスティンのむっちりした尻を捉えたグスタフは、彼女から手を踏まれた。とても痛かった。
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