▼10・止むことなく


▼10・止むことなく


 こうしてデルフィ一党は、総大将級ほか中枢の幾人かを逃したものの、勇者支持派の掃討をあらかた終えた。

 その報せは、裏で走っていたグスタフらの積極的な拡散――この時点のデルフィは知る由もないが――もあり国外へも広がった。他国の勇者支持派にも、少なからざる衝撃を与えたと思われる。

 しかし彼は納得しなかった。


 反勇者派の中の「穏健派」もまた、獅子身中の虫であろう。


 穏健派と言えば聞こえはいい。

 しかし反勇者派の中にありながら、その足を「穏便」の名のもとに引っ張り、戦の際には、少なくとも積極的な反勇者派よりはずっと容易に、敵へ寝返りうる。

 アダムス勢力は、話し合いなどでは立ち止まることなどないだろう。

 もっともデルフィは、話し合いが穏便に彼らを止める手段だ、などとは思っていない。

 そもそも話し合いは穏便ではない。理屈ではなく、彼の見聞きしたものを彼なりに整理すると、そういった論にしかたどり着かない。

 その辺のこまごまとした理屈は、例えばそう、春光国の「縦横姫」フィリアにでも任せておけばいい。彼女なら外交のなんたるかをベラベラと説明できるだろう。

 閑話休題。話し合いではアダムスに妥協を期待できないとすれば、一戦交えて、彼らに正義の鉄槌を浴びせるしかない。

 そのときに、穏健派なるものが陣幕の中にいればどうなるか。

 考えるだけでも恐ろしい。

 恐ろしいからこそ、その恐ろしさは事前に排除されなければならない。

 もっとも、話はそれだけではない。

 今や勇者アダムスの支持、不支持は、世界的な視点で見なければならない。

 あるところで勇者支持派が栄えれば、世界の情勢もそちらへと傾く。とすると、もし反勇者派が自身の加速に成功すれば、世界の命運をこちら側へ引き寄せることができるだろう。

 といったことを、デルフィは荒海国の国王へ説明した。

「また粛清か……」

 いつものごとく、背後には仲間が控えている。今回は意を同じくする重臣だけではなく、デルフィの直臣たちも連れられて。

 制圧にはデルフィの家臣も参加せざるをえないため、この場にいたほうが良いという建前であった。

 本音は言わずと知れている。国王にその威を示すためだ。

 ともあれ、彼は説明を加える。

「粛清とはいささか別でございます。彼らの、その忠勤のため見逃されていた不忠の触法を糾弾し、これにふさわしい罰を与えるだけでございますれば」

「そう簡単に申すがな、人は誰しも、多かれ少なかれ、後ろ暗い事柄を持つものだぞ」

「まさにお言葉の通り。だからこそ、ふさわしい時にふさわしい形でそこを打ち据えるのでございますれば」

 会話が少しかみ合っていないが、それでもよかった。

「お主も、いつか誰かに仕返されるやもしれぬ。その覚悟はあるのか」

「当然です。我々は未来におびえて生きているのではございませぬ。現在を、いまこの世を覆う脅威と戦っているのであります」

「現在、か」

「軍を率いる段階にはまだないとしても、これは立派な戦いであり、命運を勝ち取る争いであり、悪を討ち果たすための試みでございます」

「むむむ」

「国王陛下もその戦いを正しいとお認めになったからこそ、先の『逆臣討伐』を決裁なされたのでしょうぞ」

「それは……そうか、そうだな。もう止まることはできないのであったな。一度覚悟をしたつもりでいたが、揺らぐものだな」

「それが人の心というもの。肝要なのは、理想へ向かって歩き続けることでありましょう」

「突き進むのか」

 王の言葉に、彼はかぶりを振る。

「焦って突き進む必要はありませぬ。急いては事を仕損じますゆえ、一つ一つ着実に行うのがよろしいかと。世界を反勇者の流れへ引っ張るには、どうしてもじわりじわりといった具合になりましょうぞ」

「いちいち正論だな。……よろしい。審問その他の『粛正』を命じる」

「御意。ご英断に存じます」

 彼は、勇者派のいわば亜流と戦うことについて、二度目の了承を受けた。


 身柄確保は容易だった。勇者支持派への一件と異なり、誰か重要な人物を取り逃すということもなかった。全部まとめて、というわけでもなかったが、とりあえず逃したのは取るに足らない程度の人間だけだった。

 穏健組は、一応は反勇者派の陣営に属しているだけに、どうも油断していたようだ。

 そして、それはとりもなおさず、デルフィらを味方と認識していたことの表れである。

 この、背信にも似た苛烈な自己の行いにつき、デルフィは。

「罪状を読み上げる!」

 磔にされている彼らを前に、大して何も思っていなかった。

 全ては必要性、そう、ただ戦乱になりかけている火を抑える、そのために必要である、ということが彼の確信。その限りにおいて彼が迷うことはなかった。

 それゆえ、罪状すなわち口実はどうでもよかった。彼は使命感に燃えつつ、無意味な罪状を読み上げていく。

 背任、横領、贈収賄、虚偽密告……訴因状にはいかにもな言葉が並んでいたが、彼にとっては、表面的な言葉よりも、ここで彼らを始末することだけが至上の使命だった。

 熱情的に、かつ内容を気にせずに読み上げた彼は、犯罪者たちに問う。

「これらの罪を認めるか?」

 認める者も認めない者もいた。しかしどうでもいい。

 この場は、公正な裁判をするためのものではない。仮にそうであるなら、被告人を、決して十字架に括りつけたままでやり取りなどしないだろう。

「先んじて行われた証拠調べにより、審問官は訴因を正当と認めるか」

「認める」

「認めます!」

「異議なし!」

 全ては筋書き通り。

 これを国の汚点とみる者があるだろうか。あるとするなら、彼はこう答える。

 歴史を作るのが勝者であるならば、舞台裏の汚点は戦いに勝つことによって拭われる。

 勝つ。誰に?

 勇者に。

 勇者は実寸以上に、政治的に巨大な敵である。アダムスは一人の人間であるが、まとった命運や流し続ける濁流は、人間一人の大きさに到底収まるものではない。

 そして、月並みな言い方をするのならば……立ち向かうためにはやむをえない。全てがやむをえない。

 内紛、仲間殺し、陰惨など諸々の不道徳は確かにあるが、そうでもしないと危機は乗り越えられない。

 あえてどちらかというと、かなり強いていえば、ちょっとした気分としては、自分とてこんなことはしたくなかった。

 その汚らしさ全てを、勝つことによって拭いきるしかない。

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