▼09・天誅の剣
▼09・天誅の剣
◆◆◆第二章
流血の中にこそ答えがある。
伝統と称する身勝手な秩序と、天下の泰平は、血を流し続けた先にその真と偽が見えるはず。
ありきたりの言葉では表現しきれない、黄金の魂が。
デルフィは向かってくる貴族たちを一瞬で切り払い、その短くも長くもない、ごくありきたりな剣の血振りをした。
飛んできたしぶきに、すでに腰を抜かしていた貴族は「ひっ」と短く、そしてこの世界に残すにはあらゆる文脈で無意味な声を上げた。
「始めに言っておく。貴殿には恨みなどない。貴殿も私を恨む必要はない。それがしが世界存亡の危惧をもって勇者に反することを唱えたように、貴殿もこの国を思って勇者と結ぶ道を主張したのだろう。言葉を尽くす限りは、言葉だけで物事を計る限りは、どちらも正しい」
彼の言葉に、腰抜けの貴族は、ただ歯をガチガチいわせている。
討ち入りに帯同した他の貴族は、静かに様子を見守っている。デルフィは彼らの中で「正当化」の係でもあるからだ。
「言葉で計る限り正しい、二つの理念。しかし平行線の議論はいつか終わらせなければならない。何で終わらせるか、貴殿にはお分かりか」
言うと、相手の貴族は深呼吸をし、落ち着きをやや取り戻した。
「それでも、話し合いでどうにかするしか、な、ないのではないか。国王陛下も含めた、話し、合いで、血を見ることなく結論へ落とし込んでいくしか、ない、のではないか」
デルフィは思い切り血振りを行った。貴族が「ひえっ」と再びおびえすくむ。
「外れだな。正解は、流血、それしかない」
彼はゆっくりととどめを刺そうと近づく。
勇者支持派の領袖格には既に逃げられた。かといって高等幹部がここにいなかったわけではないが、しかし。
結論からいうと、いまここで震えているこの貴族、最後の一人を仕留めるのに時間をかけても、あまり意味がない。
しかし、それでもデルフィは、己の正義について主張をしたかった。自分に言い聞かせるように。
薄汚れた犠牲を神、もとい、神よりは現実的な「正義」に捧げるために、必要な儀式だった。
「それがしとてあまり血を流したくはあらぬ。特にこれは内紛だ。しかし、それでもこれは、必要な内紛なのだよ」
貴族はますます身体を震えさせる。すでに彼は負傷しているため、失血によって寒気を感じているのかもしれないし、単にデルフィの静かな威圧に圧倒されているのかもしれない。
「内紛をしている場合ではない、とか、あまりにも無茶なやり口だ、と人は言うかもしれないが、これは必要不可欠な内紛である。それがしはそう考えているし、通常の人間ならそう考えるはずだ。そうでなければこんなこと、やっていられん」
さて、とデルフィは剣を構え直した。
「誰もやりたがらない、それがしも嫌々ながらも国のためにせざるをえない、処断をしよう」
腰が抜けていた貴族はそこで我に返って、手近な剣を握って反抗を試みた。
「ならば、た、戦って活路を開――」
その隙だらけでガタガタの構えをした貴族は、その構えが落ち着くのを待つこともなく、一瞬で絶命した。
時間は少し遡る。
「国王陛下、決断の時です」
デルフィは反勇者派の代表として、自国たる荒海国の国王に詰め寄った。
「しかし……」
「陛下も密偵を通じてご存知のはずです。勇者アダムスが、どれほど常軌を逸していて、それにもかかわらず、どれほど不条理な支持を得ているかを」
「それは……」
「たとえそれが、愚劣な主張を痛快と断じてしまう社会の歪みのためだとしても、問答無用で拒まなければならないということを」
この場で国王への根回しにあたっているのは、主としてデルフィである。
そして彼は、歳の程においてグスタフと大して変わらない、二十前後の精悍な男に見える。それも決して若作りではなく、飾り気のない素の年恰好として。
もっと効率的に国王に圧力を掛けられる、立場の強い重臣がいるのではないか。
結論から言うと、いる。何人も彼の後ろに控えている。
彼らは臆病として非難されるべきか。デルフィに責任をひっかぶせようとする卑劣な人間とみるべきか。
――それは違う。
これから行うのは血煙の騒乱。しかも敵軍に対してではない。武装もろくにしていないであろう、同じ国に仕える同僚が相手である。
その口火を切り、全責任を負い、国王の決裁を半ば威圧的に獲得する、そのある種超人的な覚悟を備えたのが、彼しかいなかった。
仕方のない話だ。
「殺すしか道がないのか」
「いかにも。逆を申し上げますなら、あの方々のアダムス支持が真摯な心によって選ばれたとするなら、話し合いなどで片付けるのではなく、血と剣術の勝負によってその正否を測ることこそ、礼を尽くした決め方というものでしょう」
デルフィにも、自分が何を言っているのかよく分からなかった。
いや、分かってはいる。そういった意味ではなく、この言い分が、ひとたび冷静になった大勢の人には受け入れられないことを知りつつも、国王相手にまくし立てて押し通そうとする自分が、少し非合理的に思えただけだった。
非合理的でも良い。勇者を倒さなければならないという結論は疑うべくもなく、そこにたどり着ける手段があるのなら、それがどれほど合理性から離れていても構わない。
それを受け容れるのが度量というものではないか。
ともあれ、国王は青い顔で答える。
「それは、どうかというものだが」
「陛下。曇りなき目でよくご覧くださいませ。世の理を逸脱する勇者に与することと、その異常な熱気に立ち向かって正義をつかみとることの、どちらが正しい判断かを」
「……正直に言うと、わしは、もう少し様子を見て、情勢を見極めたうえで、勝ち馬に乗ろうと考えていた。政治をするものとしては、それが無難な判断であろう。もちろん、いたずらに機を逃して風見鶏になる気はなく、中立を最後まで貫くという愚行、すなわち勝者と敗者の双方に恨まれる行いもすまいと思っておった」
国王はいささか苦しげに、言葉を絞り出していた。
「わしがなんの考えもなしに中立を保っていたわけではない、そのことはデルフィたちも分かってほしい。ただ、今はまだ早すぎると思っていただけだった」
「陛下、しかし」
「そう。分かったのだ。これほどまでに国を思う……というより、勇者の脅威を危惧する者たちから言われては、動かざることも、もはや無駄なためらいにすぎぬと。アダムスは歪んでいる。直ちに動かなければならぬほどに。その単純な事実から、わしは目をそらしていた」
国王の目に光が宿る。
「わしが認めよう。デルフィらに命ずる。ラムゼンら勇者に与する貴族どもを、葬り去れ。わしらこそが、反勇者派の中心として、自ら世界に堂々たる旗と、正義への意思を示そうではないか!」
「そのご命令、まことに果断とうたわれることでしょう、陛下。では手はず通り我々は、その第一歩を踏み出しにまいります」
言うと、デルフィは「参りましょう」と後ろの貴族たちに声を掛けた。
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