▼08・巻き起こった秩序の嵐


▼08・巻き起こった秩序の嵐


 しかし。

 山麓国国王の死を看取ったノルンは、逆に国王暗殺の犯人として勇者側から国賊に指定されるに至った。

 国王の死の前後に、何者かがその部屋に侵入した形跡があり、それがノルンによるものであることが明らかになれば、そのようなシナリオで嫌疑をかけることはたやすい。

 よく考えれば、ノルンがわざわざ刺客を差し向けるか自分で忍び込み、勇者に傷を負わせられた国王に、意味もなくとどめを刺すはずがない。

 むしろ、国王が生存するという前提で動いているならば、勇者を排除して国王を救出し、王の第一の忠臣として実質的な統治権を回復させるのが素直な動きというべきだろう。

 しかし群衆はその線にまで思い至ることはなかった。

 国王の死と同時期に、ノルンらしい侵入者がいたことから、彼による暗殺の疑いが濃厚と判断した。

 それはノルンによる地方領主たちとの同盟にも大きな影響を及ぼした。

「一向に味方が集まらない……」

 国への忠を尽くす者は、あまりにも間が悪い盟主ノルンの行いに、造反の疑いがぬぐい切れないとし、野心に燃える者は、その劣勢を悟ってノルンの側に与しようとしない。

 もし。

 もし仮に、この推理を声高に主張したのが勇者以外の人間であったなら、ここまで形勢が悪くなることにはならなかっただろう。

 しかし勇者が、若手にとっての希望の星であり大いなる人気を集める旗頭が、この主張を行った。

 これは大きかった。仮に少しの疑念を抱くものがあったとしても、その疑念を口に出せる空気ではなくなっていたのだ。

「ノルン様、少々お人払いを」

 そこでノルンの直臣が、内密の話を要求した。

「おお、分かった、皆、下がってほしい」


 結論からいうと。

「ブルストの町が勇者派に帰順する?」

 この町までもが勇者に頭を下げるという。

「然り。タウンザイン様より、三日以内に荷物等をまとめ、どこかへ出ていってくだされば、ブルストの町としては手荒な真似はしないとのこと」

「……たとえこの町の軍が何もしなくとも、勇者アダムスの手の者や賞金稼ぎ、あるいは野盗の類が仕掛けてくるだろうな」

 いまのノルンは賞金首である。先日、勇者側が王殺しの主犯として指定した。

「保護してくれる町や城も思いつきませぬな……」

「結局、私を謀殺したり捕らえて処刑するのと何も変わらないな」

 だが、と彼は考え直す。

「道の拓ける可能性に賭けて、逃亡の旅をしよう」

 彼は荷物をまとめ始めた。


 彼らの逃避行は、順調ではなかったものの、重要人物であるノルンはなんとか死なずに済んでいた。

 しかし。

「野盗が来ましたぞ!」

 国境の直前で、多数の野盗に囲まれた。

 敵は数十。こちらは当初よりずいぶん数を減らし、ノルンを含めて五人。

 もちろん天下無双の武人など、こちらにはいない。優秀な戦士はもう死に果てた。

 野盗が口々に言う。

「おっ、あいつはノルンじゃねえか」

「賞金首のノルンか!」

「王殺しの!」

 お尋ね者であることまで知られてしまった。

「殿をお守りしろ、全力で活路を切り拓け!」

「させねえよ、ここで首級を挙げてやる!」

 絶望的な戦いが始まった。


 グスタフらが戦いの場へ着いたのは、全て終わった後だった。

「遅かったか……」

 野盗の姿はすでになく、身ぐるみをはがされ、金品を奪われた無残な亡骸が――ノルンも含めて五つ。

 全滅だった。

 仮にグスタフたちがこの場に居合わせて、ノルンとともに戦ったとしても、結果は死骸が二つ増えるだけだっただろう。戦いの跡がそれを物語っていた。

「せめて冥福を祈ろう」

 グスタフとクリスティンは、しばし黙って頭を垂れた。

「……とはいえ」

 グスタフが向き直る。

「今回の紛争は、あくまで国内のものだったからな。何度も言うが、他国が内紛に手を出すというのは、かなりの危険や弊害がある」

「でも主様」

 クリスティンは軽く手を上げる。

「もしノルン殿たちが我らの早風国に着いていれば、保護できたんじゃないんですか。そうなればもう内紛じゃなくて、自国に降りかかった問題なんですから」

「今回は無理だった。王殺しの疑いを負っていたからな。冷静に考えれば無いと分かっても、世間的にはなかなかそうもいかない」

「難しいですね」

 彼女は木陰に寄って、雨具のほかに雨をしのぐ。

「『勇者に立ち向かう勇者』が一人潰えたな……惜しい人物を亡くした」

「アダムスがここまで血迷った人物だとは思いませんでした」

 クリスティンがこぼすと、グスタフも嘆息。

「古き秩序を重んじた結果がこれか。いや、守旧にせよ改新にせよ、その道中で血が流れるのは仕方がない、そればかりは避けられない運命だろう。だけども」

 彼は腕を組んだ。

「アダムスは守旧というより『考えなしの、原理的で過激な現状維持』でしかないし、世界が流動し続ける以上、それはいつか限界を迎える」

「反アダムスもうまくいくかどうか」

「そうだな。反アダムスも『古き秩序』も限界を迎えたら、あとは何も残らないだろう。……とりあえず拠点に帰ろう。ここで死骸を眺める趣味はない」

 グスタフは周囲にまだ野盗がいないか警戒しつつ、従者とともに来た道を戻っていった。


 その後、勇者アダムスは山麓国の全領土、全ての貴族を掌握したことを宣言し、演説をした。

 ――古き秩序を尊重し、これを遍く世に広める。その使命に従い、私がその秩序を正義の理に代わり、世界の全てに余すところなく執行する。もし他国がこの代執行者たる私に異を唱えたなら、これと全霊をもって戦い、秩序によって征服し平らげることを私は約束する!

 それは、世界に対する宣戦布告であった。

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