▼07・正念場
▼07・正念場
国王の救出か、王都奪還か。
地方領主の軍事力でもって王都を取り返すなら、交渉等の時点でこちら側に国王がいてもらったほうがよい。
きっと本件では、国王の所在こそが正義のありかになるだろう。
勇者は己による新たな「秩序」を主張するだろうし、実際、勇者自身が正義だと信じる者は多数いる。
しかしそうでない人間にとっては、勇者がどう言おうと彼の軍が謀反の軍勢であり、国王を救出した側が名目上は正規軍となるはず。
つまり国王救出が先。地方領主の軍を束ねるのはその後。
「間者たちに命令を発して、先導してもらい、国王陛下を勇者の手から救出します。お怪我で亡くならないうちにです」
ノルンは自分とタウンザインの家来それぞれに告げる。
不幸中の幸いか、タウンザインはノルンに協力することを約してくれた。
もっとも、ブルストの町は、王都から近いにもかかわらず、反勇者の姿勢をいち早く鮮明にした。とすると、勇者軍がこの町に攻め寄せてくる可能性もある。
その攻撃に備えるため、タウンザイン自身は町から動けない状況にあるという。
ただ、タウンザイン本人を、特に地方領主との交渉などに連れ回そうなどとは、ノルン自身も思ってはいない。
それは、明白な反勇者派でありながら、偶然によって難を逃れた自分のすることだ、と彼は考えていた。
使命感なのか。己だけ助かったことへの罪悪感なのか。はたまた、他に信頼できる人間が見当たらないという実際上の問題なのか。
それはノルンには分からない。
とはいえ、その根源はひとまずどうでもいいこと。彼はタウンザインから借りた間者たちに指示を出し、救出の用意が整うまで、この屋敷をノルン一団の本部とすることにした。
勇者の変事の報せは、部下の間者からグスタフも受け取った。
「おお……なんという無茶を」
「やっぱりアダムスは普通じゃなかったんですね」
クリスティンはねぐらでつぶやく。
「反勇者派のうち……そうか、ノルンは危難を免れたのか」
勇者派がノルンを必死で捜索していることがその証だった。
「主様、ノルン殿と組んで勇者に立ち向かうとかどうです?」
「いや……女王陛下に使いを送り、判断は陛下に任せる。まだ今は内紛だからな、他国の内紛に手を出すのはなかなかやりづらい。前にも言った通りだ」
「『まだ今は』ですか」
グスタフは深くうなずく。
「そうだ。あの勇者アダムスのことだ、いずれ対外的な動きをするのではないかな。そうなったら、そのときが色々なことに踏み切る時機というものだろう」
「面倒ですね」
クリスティンはうつむいた。
しかしその後、また顔を上げて。
「ところで主様、私のおっぱいとお尻」
「見てねえよ今回は痛っ!」
「どうして見ないんですか! ばか!」
「叩かれるからだよ! それにそういう話じゃなかっただろ!」
「それはそれで腹立つんですよ!」
「そんな無茶な!」
外では、雨が降り始めていた。
ノルンの予想に少し反し、王都を占領した勇者アダムスの勢力は、他の城や街に侵攻できずにいた。
どうも王都内の勢力、というか風潮として、まだなかなかアダムスを新たな主とは認めない者がそこそこいるらしい。
もっとも、近所であるブルストの町に攻め込まないのには、別の理由もあるのだろう。
この町は、城ではないながらも、高い防壁や鉄の門、城壁上に据え置きの大型弩といった防衛設備を擁している。その堅さは山麓国でも一、二を争うものだといわれている。
また戦力としても、町の自警団、という名目の都市軍が充実している。武装や練度もそれなりで、決して自警団などとして侮ってはいけない水準にある。
このような理由から、勇者軍は、ブルストの町が明確に反勇者の態度を取り続けているにもかかわらず、それを挫いて征服することができないでいるのだろう。
その間にノルンは、間者たちに連れられて、王都に行く。
ノルンが手引きにより、城内、王の幽閉されている離れの建物に入った。
とりあえず劣悪な環境の地下牢ではないことに彼は安堵した。
……しかしその安堵は一瞬で消え去った。
「陛下……、陛下!」
国王はすでに傷が悪化し、重体であった。
「ノルン……か」
「陛下、そんな」
国王が起き上がろうとしたところを、皆が押しとどめる。
「陛下、ご無理はなさらず!」
「よい。……もう長くはない。感覚で……かるのだ」
国王の顔に、一筋の涙が流れた。
「どうしてこうなったのだろうな……わしは……アダムスに申し訳なく……っていた」
国王が第二王子派と戦い始めたとき、第一王子アダムスをガレオンに預けた。
決してアダムスを疎んじて追放したのではない。
彼の正当な継承権を確立しようと、そのために苦渋の決断をし、しばし別れを告げ、あえて第二王子派壊滅まで顔を合わせなかった。
アダムスが勇者となったときは、もう誰にも彼を攻撃をさせないことを、彼の道をふさがせないことを王は密かに誓った。
その結果、愛しい息子は使命に突き進み、政治を無自覚に破壊し、父である王を斬った。
「ノルンよ」
「はっ、こちらに」
「頼む、わしの不出来な息子アダムスを……お前の手で、討ってくれ」
「陛下、そんな」
「お主も分かるだろう……つを止めるためには、やつの息の根を止め……しかない」
「しかし……」
「息子にこれ以上、愚行をさせないでくれ。そのためには……討ち果たすしかないのだ」
国王はそこで息を吐いた。
「もう迎えが近いようだ。……さらばだ、この思いを託したぞ、ノルン」
「陛下、陛下!」
国王はゆっくりと目を閉じ、拍動は徐々に尽き、呼吸はやがて止まった。
「陛下……」
しばらくノルンはうなだれていたが、やがて顔を上げた。
「ノルン様……」
「かくなる上は、陛下の最期の願いを果たすまでだ。まずブルストの町に戻り、地方領主たちをまとめる方策を考えよう。まずもってここに長居は無用だ」
「陛下の亡骸は」
「脱出とともに運び出すのは難しいだろう。ここはこの部屋に安置申し上げるしかない」
「御意」
ノルンは深く一礼をして、部屋を去った。
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