▼06・風雲急を告げる
▼06・風雲急を告げる
数日後の夕暮れ。国務を終えたダックスとノルンは、事前の面会約束の通りに、王都内のシリウス邸に赴いた。
「内務室長ダックス殿、待っておったぞ」
玄関で待っていたシリウスが、白いひげをなでながら、ガハハと豪気に笑う。
彼は話によれば、領地は代官らに任せ、自身は王都に常駐しているという。つまり面会約束無しでも、邸宅にはいただろう。
だが、交渉する内容が内容であるため、面会約束を取り付けてじっくり話し合ったほうがよいと、ダックス、ノルン両人が判断した。
「黎明公シリウス様、ご尊顔を拝し恐悦です。わざわざ玄関までのお出迎え、恐縮の限りにございます」
爵位も家格も、目の前の老爺がダックスたちより明らかに上であるため、貴族として充分に礼節を尽くす。
「おう。まあいい、客間に案内しよう。大事な話をするためにな」
彼は客間の方向をくいっと示した。
結論から言うと。
「結論から申しますと、シリウス様には、我々とともに、勇者アダムス様の勇者位剥奪と、王太子からの廃嫡について、国王陛下に請願をお願いしたいのです」
シリウスの表情に少しだけ緊張が走る。
「やはり、そうなったか」
「はい。今の勇者様はあまりに分別がなさすぎます。痛快なだけの一言を放ち、政治をねじ曲げ、その上で愚かな者どもの耳目を引く。将来、勇者様が国王の位を継げば、国の存亡にも関わりかねません」
「ほう」
シリウスは白ひげをなでる。
「まあそうだろうな。無茶な意見を述べる割には、支持者が相当数いる。勇者だけではなく、この国全体の分別も怪しいところだ。おおっぴらには言えんが」
「左様でございます。今のうちに勇者様を、権力の座から排除しなければ、国が見当違いの方向に向かいかねません」
「仮にそうするとして、他の継承者は……ああ、第三王子殿下がいらっしゃるか」
第三王子は、第一王子つまりアダムスの、まだ幼い弟にあたる。
「第三王子殿下の勇者叙任か。あれほど幼い子が王太子、というよりそもそも勇者の変更などというもの、前例が、おれの知る限り見当たらないが」
「前例にこだわって亡国の危機を迎えては仕方がありませぬ」
「そのとおりであるし、勇者が自国滅亡の脅威であるとする気持ちも大いに理解できるが……前例のないことを人にさせるには、相応のものが必要、だとは思わぬか?」
局面が理非の弁論から交渉へと移るのを、ノルンは感じた。ダックスも同じだろう。
「もちろんでございます。第三王子への勇者の変更が相成ったときには、我ら憂国の貴族一同、最大の立役者になるであろうシリウス様を摂政に推薦申し上げるつもりでおります」
「摂政か。確かに幼い第三王子殿下を補う役目は、このシリウスにしかできんだろう。ただ、国王陛下はそれで納得するかな?」
「国王陛下にもご自身の見る目のなさを充分に反省していただき、これを自覚していただいた上で、我々の思うように改善を提案申し上げるつもりであります」
「なるほど。ふうむ」
シリウスは表情を変えずにひげをなでるが、ノルンには分かった。
声が少しだけ弾んでいる。わずかだが、喜びの念を、発された言葉が帯びている。
きっとダックスにも分かったのだろう。
「どうかお願い申し上げます。可能な限り、シリウス様には充分に報いる……もとい、そのように国王陛下や有力者のお歴々に、我ら集団をもって申し立てますゆえ」
「わかった。そうだな。このおれがどうなるかは、まあ興味が無いでもないが、それ以上に勇者様がとんでもなく問題の多い人物であることはおれもさすがに気づいておる。国が倒れかねぬほどにな」
「おお……」
「助力を約束しよう。二言はない」
言うと、シリウスはニカッと笑った。
「お力添え、まことにかたじけのうございます。これで私も肩の荷が下りたというもの。衷心より感謝申し上げます」
「おう。おれも頑張るゆえ、お主らも共に頑張ろうぞ」
「承知いたしてございます」
こうして交渉は実を結び、ダックスとシリウスは握手を交わした。
翌日の終業後。
「ノルンよ、明日の朝、ここから南のブルストの町に住むタウンザイン殿に、この包みを渡しに行ってほしい。中にはお金が入っているから充分に気を付けよ」
ノルンはダックスから頼みごとをされた。
「タウンザイン殿にですか。あの方にも反勇者組へのお誘いをかけると?」
「いや、そうではない。先日、タウンザイン殿の叔父が天寿を迎えられたであろう」
「なるほど。そのお悔やみのお金ですか」
ダックスから渡された包みは、大きさの割に少し重い。金貨が入っているのだとすれば、うなずける重さだ。
「いかにも。人が亡くなるというのは、金が入用なものだからな。お前もそのことは覚えておくがよい。数日かかるが、公務については私からすでに言っておいたから心配するな」
「承知しました。行ってまいります」
彼は包みを大事に持って、自宅の馬場に向かった。
彼は馬を駆り、夜にブルストの町に着き、タウンザイン邸に着いた。
タウンザインらにとっても、叔父の死は不幸であったはずである。それにもかかわらずノルンは労をねぎらわれ、邸宅に一日泊まることとなった。
勇者のような非常識がいれば、タウンザイン一家のような善人もいる。ノルンはそれが、なぜだか無性にうれしかった。
彼は来客用の一室で、ダックスらの活動の進展を願った。
しかし翌朝、使いが来た。
「勇者様が父上たちを粛清しただと!」
勇者一党が、ダックスらの密談の場に襲撃をかけ、主だった反勇者派はまとめて無念の死を遂げた。それは父ダックスも例外ではなかった。
「それは……まことか」
「はっ、残念ながらこの目で見ました」
なお、勇者に肩入れする「悪いほう」の上級貴族たちは、少なくとも現場には出ていない。責任追及を回避するためだろう。
実行犯は勇者本人と、彼を熱狂的に支持する若手貴族たちだった。
「この件で、ダックス様方をかばい立てされた国王陛下も、重傷を負われたご様子」
「陛下が……!」
「勇者側の宣伝によると、ダックス様の攻撃によるものとされていますが、それは全くの嘘であります」
「当然だ、父がそうするはずがない」
国王を害したとあらば、これはもはや粛清というより謀反。勇者は一線を踏み越えるにまで至っていた。
「なお、この件はシリウス様の密告に始まったと言われていますが」
「シリウス様が?」
「……言われていますが、実際はシリウス様を勇者様が拷問し、痛めつけ、無理矢理吐かせたものであります。この目でボロボロのシリウス様を見つけ、話を聞きましたゆえ」
「それは……なんという」
ノルンは、知らず、こぶしを握った。
「……陛下を害しても生きていられるということは、おそらく王都の政治的機能はほとんど勇者の手中にある。ここで私が帰っても捕まるだけだ」
「左様」
「しかし国王陛下がまだお亡くなりでないのだろう?」
「然り。勇者が、殺す寸前で手加減をしたようで、まだ生きておいでです」
まだ国王を利用する気でいるのか。
――勇者の思惑はどうあれ、まだ存命とするならば。
「国王陛下を救出して、地方領主たちをまとめて……一戦交えるしかない」
王都の機能をほぼ掌握したと推測される以上、中央軍の軍権も握ったと考えるのが素直である。
それを打ち破るためには、地方の各領主の軍を、王の名のもとに束ねて対抗するしかない。
「悪夢だな。父の死を悲しむ暇すらない」
「然り……」
「ご苦労であった。申し訳ないが、引き続き『敵地』である王都に戻って密偵を続けてくれ」
「仰せの通りに」
使いが走っていくのを見守りながら、ノルンは考えを巡らせ始めた。
空は曇っていた。
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