▼04・流動


▼04・流動


 秩序のための意見を却下された。

 アダムスの頭の中は、その悔しさでいっぱいだった。

 彼にとっての秩序は、現状維持という概念と、かぶっている部分を多く持っていた。

 もちろんそれだけが秩序ではない。しかし新たな秩序をもって国を治めるとすれば、それは旧秩序の破壊を伴うものであり、その破壊は新秩序にとって不可避のものであると考えた。

 確かに世界は、日々少しずつ変化していく。アダムスとて木石ではないのだから、その変化は認識しているところだ。

 しかし、アダムスは勇者。秩序を守らなければならない。師にも散々そう教わってきた。

 この点、旧秩序を守るということは、先述の論理の逆、新秩序を没却することに、必然的に帰着する。

 しかしそれをもって秩序の破壊とは言えまい。なぜなら新秩序はまだ、現在の支配概念として旧秩序に成り代わっていないからだ。

 世界は何かを破壊することによって、その分の創造の容量を作り出している。その営みのうち少なくとも秩序に関する部分は、ある秩序の尊重と別の秩序の樹立とで、必ずしも対称的にはならない。

 旧秩序の破壊の逆は、新秩序の「破壊」とはならない。

 自分の意見は、ひいてはその信念は正しいと、彼は信じ続ける。


 その日の夜。

 間者の網を伝って、勇者の評議内容を把握したグスタフ。

「ひでえなこれ」

 呆れた彼の一言。

「ほんとにひどいですよね。私は政治にあまり詳しくないですけど、これはあんまりだと分かります」

 クリスティンもうなずく。

「しかしまあ、なるほどなるほど。女王陛下のご憂慮が少し分かる気がしてきた」

 グスタフ、クリスティンと女王フローラの組とは別に、フローラはアダムスとも旧知の仲であるという。グスタフらがアダムスと直接親交を結ぶことはなかったが、しかし彼らは、少し密偵をしただけで、アダムスの異端ぶりがちょっとばかり見えた気がした。

「少しの情報収集でこれだけ異端さが伝わってくるということは、あの勇者、大変な人物なんだろうな。悪い意味で」

「そうですね。でもまあ、密偵を始めてから日が浅いですし、これだけで帰投するわけにもいかないでしょう」

「もちろん密偵は続けるさ。ただし諸々用心は怠らないようにな。なにせあの勇者だからな」

「了解です」

 拠点で、彼らはこぶしを合わせた。

 クリスティンが「にひひ」と笑ったのを、グスタフは不覚にも可愛いと思ってしまった。


 同じ頃、山麓国の重臣たちが密談をしていた。

「勇者様は、ちょっと先が思いやられますな」

 内務室長ダックスが発言すると、太っちょの重臣が大いにうなずく。

「ううむ。とはいえ、あの方は恐れ多くも国の王太子殿下。議院から離れていただくわけにもいきますまい」

「いや、陛下に直訴すれば、あるいは」

「まだ勇者様の議院参加はたった一度ですゆえ、やはりそううまくもいきますまい」

 そこでダックスの息子ノルンが発言する。

「あの……やはりここは、私たちで随時、勇者様の暴走を抑えつつ、どうにかこうにかなだめすかしていくしかないのではないでしょうか」

「しかしノルン殿、そのような、なあなあなやり方で、長く続くとは思えぬぞ」

「然り。根本からどうにかせねばなるまい」

「……とはいえ、あの勇者様、気性からいって、お飾りには絶対になりたくない人物とみえます」

「そうなると、やはり議院からのご退場が第一の策かと」

 そこで、やせぎすの重臣が口をはさむ。

「ご退場にはまだ、ご放言の積み重ねが足りなさすぎまする。最終的にはそうなるとしても、積み重なるまでは、半ばノルン殿のおっしゃる通り、ご放言をさせつつ抑えていくしかないかと」

「そうするしかないな。隔離の機を待ちつつ、それまではどうにかなだめすかしていくより他にない」

「然り」

「賛成いたす」

 重臣たちの夜は、酒と憂国の香りが漂っていた。


 約一ヶ月後。

 勇者は一躍、時の人となっていた。

「勇者様、お帰りなさいませ!」

 外交のため遠路に行っていたアダムスに、わざわざ、そのようなしきたりもないのに、城門前で整列して出迎える。

 女性たちの黄色い声……ばかりではない。むしろ半数程度に過ぎない。もう半数は男性貴族の、若く力強い声である。

「日増しに増えてきているな」

「そうですね……」

 グスタフたちは、離れた丘から望遠鏡でその光景を観察する。

 アダムスの数々の放言、あるいは「老臣たちに浴びせる痛快な一言」によって、今や彼は、若手を中心とした貴族から、異様なまでの支持と賛意を集めるに至った。

 若手貴族にとっては、その政治的言動が実務的に正しいかどうかなど、あまり問題ではないようだ。

 つまり、評議の場に顔を並べるような、何かとわずらわしく頭を押さえつけることばかり言ってくる重臣たちに、バシッと痛烈な一言を叩きつける、その姿勢こそが彼らの心に火を点けたのだろう。

 アダムスは同時に、現在の首脳に不満のある、反主流派の、若いとは限らない貴族たちにも接近されている。アダムスを担ぎ上げ、操り人形にして己の野心を満たそうとする匂いが彼らにはある。

 勇者は勇者で、操り人形になる気があるとは思えないが、とグスタフは考える。

 彗星のごとく現れた勇者は、残念ながら順調に、支持を集めている。

「若手貴族たちは、頭が少しばかり足りないんだろうな……」

 クリスティンは返事の代わりに、頭を抱える主の背中をそっとなでた。

「いや、違うな。頭が足りないのではなくて、それだけ老人たちから抑圧されてきたんだろう。老人たちは若者たちをいさめたり、正しい道に導いてきたつもりであっても、若手たちにはそれが抑圧のように感じられた。だからアダムスの歪んだ輝きがまぶしく見えた」

 彼は望遠鏡をのぞいたまま続ける。

「こんな分析をしても仕方がないな。こうなる前から予測していたのだったらまだ意味があるけども。そんなことが可能だったかどうかはともかく」

「なら、今から未来の予測をしましょうよ」

「そうだな。いずれ勇者の対抗勢力、重臣たちの集団と心ある若手貴族、例えばノルンあたりが結束して動き出すだろう。強引な手段に出るかもしれないが、それが成功するかは……そういえば、そういった暗躍に対するアダムスの反撃力はまだ分からないな。内政などの実務とは違う、策謀を考えたり、相手からのそれを迎え撃つ力だな」

「なるほど。私たちは反勇者派に与しますか?」

「いや……事は、山麓国の内部での波乱に過ぎない。今しゃしゃり出ていっては、むしろ余計な火種になる」

「そうですかねえ。早めに策を講じたほうが……」

「時が来れば女王陛下から具体的な下命があるだろうから、基本として俺たちは事細かに陛下に報告を送りつつ、状況を静観しよう」

 彼は、クリスティンが背中に置いた手の、わずかなぬくもりを感じた。

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