▼03・波乱巻き起こる議院
▼03・波乱巻き起こる議院
議院に全員が着席したのを見届けると、議長が評議を始める旨を告げた。
内務室長ダックスの息子、ノルンは少しだけそわそわしながら、話を聞く姿勢に入った。
今日が初の議院参加であるのは、実はアダムスだけではない。このノルンも若手の視点から評議に参加する一人として、評議員に任ぜられていたのだった。
ともあれ、議長が最初の議題を読み上げる。
「本日の議案第一号、王都ライアスから商業都市ルカッツへの街道の整備について。提案者リーベン殿、ご説明をお願いする」
「御意。この議案は――」
王都から商業都市へ向かう街道の主要な一つが、未整備で野盗も出る状態になっている。この街道は隊商なども通過する重要な交通路であるので、本件整備は物流をより安全に確保するための一案である。
具体的には、野盗を一掃し街道を整備、つまり舗装と道幅の拡大を行う。
そのように整備された街道には、野盗も今後寄り付かなくなることが期待できる。犯罪者心理、というと大げさだが、野盗がそういった「行き届いた」街道を好まないことは、経験則上明らかなことであった。
つまり、野盗の掃討は街道整備が伴ってこそ意味がある。これがない限り、いずれまた野盗がいずこからともなく湧いてくる。
なお予算は、現国王が道路整備に大きく注力しているため、この案に対しては潤沢である。
「提案は以上であります」
提案者が一礼して席に座ると、評議員たちは互いにうなずき合う。
ノルンも、この議案に反対すべき点などないように感じた。
しかし。
「異議があります!」
声を上げたのは勇者。
ノルンは意表を突かれ、これのどこに異議があるのか、と勇者をまじまじと見た。
もし仮に、ここにグスタフかクリスティンがいれば、「ああ、やはりおっぱじめたか」と嘆いたに違いない。
勇者は構わず続ける。
「考えてみてください。隊商は野盗に、なんの守りもなく、ただ襲われるままでしたか?」
「いや、護衛の傭兵団を雇っていたと聞いておりますが」
ノルンの父、内務室長ダックスが答える。
「そう、隊商は護衛を雇っていたのです。つまりこの施策は、なんの罪もない護衛の傭兵団を路頭に迷わせかねない!」
聞いた評議員は困惑の表情。勇者の主張が的を射ているからではない。物事には優先順位というものがあることを知っているから……であるように、ノルンには見えた。
ノルンもまた、この勇者はいったい何を言い出しているのか、と首をひねった。
「日夜、安全を確保するために命を懸けて頑張っている傭兵団も、つまるところ国が守るべき民の一部。その彼らに対し、職にあぶれさせるとはどういうことです!」
路頭に迷う、職にあぶれる、とまではいかなくとも、傭兵団にとっては収入源を一つ失うことにはなるだろう。そういう意味では、勇者の反論は間違っていない。
しかし少なくともノルンの視点では、間違っているのだ。根本的に。
「これまでの、そう、『秩序』でそれなりにうまく回っているのなら、それを変えるのではなく、むしろ守ってやるのが、古き秩序を尊重する国のすべきことではないでしょうか!」
野盗と傭兵団のあれこれを「秩序」の一言でまとめ、傭兵団が必要であるという状況、すなわち街道に野盗の危険があるという要素を、古き秩序を尊重する、の一言で片づける。
常識から逸脱した主張。
そして、その視点とは別に。
「その秩序、野盗と傭兵団の『通謀』もまま見られることは、勇者様はご存知でしょうかな?」
ダックスが反論する。
通謀とは、すなわちマッチポンプであり八百長である。事前の協議通り、野盗は物資の一部を、隊商が傭兵団に契約の責任を追及しない程度に奪い、お互い死者の出ない程度に傭兵団は戦う。
だが勇者は止まらない。
「それは知っている。通謀であろうと八百長であろうと、その秩序で一応平穏であったなら、結局は同じことではありませんか!」
「勇者様、どうも貴殿は従来の秩序を好まれるようです。我らも急激な変化は好みませぬので、よくその胸中は察せられます」
「ならば!」
「しかしこれは、この施策は必要な変化ですぞ。変化のための犠牲……傭兵団の稼ぎが多かれ少なかれ減ったとしても、それは変化のための犠牲として必要なことでございましょう」
内務室長ダックスが抗弁する。息子のノルンも、それは正論であると感じた。
しかし。
「変化のための犠牲……虫唾の走る言葉だ」
勇者は腹から絞り出すように言う。
「変化、変化と声高に唱えるか。そのために犠牲となる者の痛みを、苦しみを、一度でも考えたことがあるか!」
議院は静寂の場と化した。勇者の声がかすかに残響する。
「ないだろう。犠牲は必要と、軽々しく言葉を持ち出すあなた方は、その犠牲の重さなど何一つ考えていない!」
言っていることは、概念の上では正しいのだろう。しかしこの具体的な、目の前の施策に反対する理由としては、何ら妥当ではない。
「なんでもあっさり切り捨て、片付ける言葉で、思考を停止させた先に栄光などない。私は反対する!」
ノルンは、勇者の師ガレオンが遠い昔、妻子を当時の革新派に殺された、とかつて聞いたのを思い出した。
アダムスの本件における主張と、何か関連しているのかもしれない。しかしそれはそれとして、彼の意見は偏り過ぎている。
ノルンが思うに、人生の経過と目の前の施策の審査は、切り離されなければならない。当たり前である。
国王はそこで口を開いた。
「アダムス、理想を高らかに歌う、お前らしい意見だ。だがな、内政は理想では回らぬのだよ……。常に取捨選択が求められる。あちらを立てればこちらが立たない。内政だけではないな、世界はいつも、どの場面においても、どれを立ててどれを没するか、それで成り立っている」
「しかし陛下!」
「見たところ反対者はアダムス一人。多数決原理により可決としてよいな、議長」
「御意」
「陛下!」
「勇者アダムスよ、仮にも一国の王たるわしに恥をかかせるのか」
「くっ……」
アダムスは怒りの表情のまま、言葉を口の中で押しとどめた……ようにノルンには思えた。
ノルンは前途の多難さを感じた。
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