▼02・使命の始まり


▼02・使命の始まり


 アダムスは忙しい中でとった仮眠で、夢を見た。

 懐かしくも、隠者ガレオンと対面していた。

 アダムスは「いつもの」椅子に座り、「いつもの」机に向かっている。

 白髪、白いひげを蓄えたガレオンは、目を細めながら彼に語りかける。

「アダムスよ、立派に成長したな」

 隠者は、現在の彼を指して言っているようだ。

 それで彼は、これが夢の中であると分かった。

 分かったのだが、夢から覚める気配はない。

 きっと隠者の師が夢を通じて教えたいことがあるからだろう、と彼は考えた。

「アダムスよ、わしが一番、口を酸っぱくして教えてきたものが何か覚えているか」

「はい。それは秩序です」

 彼は冷静に答える。

「私はいずれ勇者になる者です。勇者は秩序の守り手、人の世の波風を、天候を操るかのように鎮め、それまであったものをそれまであったものとして尊重し、もって国を泰平にする、安んずることが最も大事です」

「そうだ。わしはそう教えてきた。しかし」

 師は憂えるような表情で続ける。

「いまのお前には、それに囚われすぎないことも同時に教えたい」

「……お教えを翻されるおつもりですか」

「そうではない」

 隠者はかぶりを振る。

「教えられたことは愚直に守るお前のことだ、きっと何が何でも秩序を重んじるに違いない。しかし世界はそうするようにはなっていないのだ」

「と、おっしゃいますと」

「何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。お前はどうもさじ加減を誤りがちに思える。要は物事には均衡とか、塩梅といったものがある。秩序は確かに必要で、数ある要素の中でもとりわけ、お前が重視しなければならないものでもあるが、ただそれだけを追い求めていれば良いというものでもない」

 彼はガレオンのこの言葉に、しかし納得はできなかった。

「秩序のある国が万民を安んずるのではないのですか」

「一般論としてはそうだ。しかしお前は、やりすぎて均衡を崩すのではないかと思うのだ」

「いままでずっと、先生は秩序について教えてくださったのに、それを覆されるのですか」

 彼の質問はもっともだったが、しかし「先生」はもどかしげな表情をする。

「覆すのではない。いままで教えてきたことは間違っていないと胸を張れる。しかし行き過ぎは万物においてやってはならない、ということだ」

「納得できません、先生が二枚舌を使っているようにしか……」

 言うが、ガレオンの姿は徐々に薄くなってくる。

「む、わしが最後の教えを垂れられるのも、あとわずかなようだ」

「そんな……」

「いいかアダムス、過ぎた秩序はいずれ国を滅ぼす。人はついてこれない。このことをよく理解するように。それだけが最後の講義だ」

 言い残すと、隠者は静かに消えていった。


 そこで目が覚めた。

 移動中の馬車の中。

 ――夢か。

 アダムスにとって、夢の中のガレオンの態度は、全くもって彼らしからぬものだった。

 教えを覆し、彼の存在意義である秩序を半ば否定して、均衡とやらを唐突に説く。

 彼にとっては、それは全くもってありえないことであった。

 きっと悪しきものが、彼の道をさえぎるために見せた夢に違いない。

 そういう存在は人が疲れた頃合いを狙うという。悪しきものの侵食に身を許してはいけない。

 そのような動きがあったということは、つまり秩序の道が正しいということの証。自分を強く持ち、その理想のため突き進んでいかなければならない。

 彼はそう結論付けた。

 馬車は小移動のため、少しの振動を彼に伝えながら進む。


 その数日後。勇者定立の儀やそれに伴うあれこれが片付いた頃。

 勇者アダムスにとって初の政策評議である。

 議院――といっても、例えば現代日本の国会ほどの大きさではなく、大きめの会議室といったところか――で、他の評議員たちとともに国の施策について話し合う。評議員の数は十五名で、これに国王と勇者、そしてその他の特別弁士や参考人、聴聞者などが加わる。

 国の行く末を決める、大事な評議会。

 王太子でもある勇者として、もしその施策に間違いがあるのなら、それを指摘しないわけにはいかない。

 それに、黙って追認をしているだけでは、勇者としてお飾りのそしりを受けかねない。

 ……いや、誰もそのように言い立てなかったとしても、ほかならぬ勇者自身が、お飾りになることを誰よりも拒む。

 必ず、自分こそが、国の将来を導いてみせる。

 勇者アダムスは、使命感に全身を奮い立たせていた。


 勇者の高揚ぶりを聞いたグスタフらが、何かやらかすのではないかと懸念していたことなど、彼には知る由もない。

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