古き秩序の勇者――その妄執は世界を混乱へと引きずり込み、万物流転の英傑たちは敢然と立ち向かう
牛盛空蔵
▼01・勇者の伝承
▼01・勇者の伝承
◆◆◆第一章
山麓国の第一王子が、王家に伝わる宝剣を高く掲げ、その輝きをあまねく観衆たちに見せた。
今日からこの第一王子は、「勇者」、この国の確固たる王太子となり、同時に伝承によって「秩序の守り手」となる。
その様子を、早風国の若き貴族グスタフと従者クリスティンが、遠くの物見台から望遠鏡で見ていた。
「これからどうなるんですかね」
クリスティンが聞くと、彼は従者を見やった。
柔らかく素直さが奥に宿り、心地よい活力にあふれる眼差し。張りのあるほほと唇。元気な、そして決してキンキンとは感じない、耳にするりと入るその声。
そして大きな乳と尻。
「あの、主様?」
「……ああ、いや、勇者がこれからどうなるかは、まだ観察しないとよく分からな痛っ!」
「グスタフくんのばか……いま私のことヤラシイ目で見てたでしょ」
「お前がこれからどうなるかも、じっくり観察しないと痛い!」
「グスタフくんのばか、へんたい!」
主を痛めつけるクリスティン。
「ンン! 真面目な話をしようか。まだ勇者が本当に、女王陛下の憂慮に値する存在かどうか、俺たちには分からない。臣下たる俺たちが女王陛下のことを信じないわけではない。ただ……」
「ただ?」
「しかし、その方針を決めるにあたっては、確かな拠るべきものがないと、陛下の御心に沿った結果が出ないことも多いだろう。そのために俺たちは偵察を続けなければならない」
「それはわかってます。フローラちゃんを疑っているわけじゃないけども……」
「『女王陛下』な。……ともかく、確固たる論拠がないと、なかなか人は全力では動いてくれない。その論拠となるものをこの手につかみ、または目に焼き付けて、つぶさに把握することが俺たちには必要だ」
彼の言葉が、風とともにクリスティンへ流れる。
「その通りです。だから私は主様の命令に従います。グスタフくんは小さいときから、いつも正しいから、私はそれを分かっているつもりですから」
「よろしい」
彼は彼女の言葉に、深くうなずいた。
「でも、ヤラシイ目で見るのは別ですからね」
「ヤラシくはない。ただ、お前の魅力の論拠を、この目でつぶさに把握して痛っ!」
「へんたい! ばか!」
従者は主を何度も叩いた。
勇者となった第一王子アダムスは、王家の宝剣の重みを、その手に感じていた。
秩序の守り手という権威の重さ。そして、王太子としての自分に求められる全て。
その期待に応えられる人間にならなければならない。
彼は、今日のこの儀式が、数えきれないほどの人々の努力の上に成り立っていることを知っていた。
彼は幼いころから長い間、隠者ガレオン――国王の従兄弟のもとで、世を避けるようにして育てられてきた。
ガレオンは彼の師となり、世間に出た経験のほとんどない彼に、せめて知識だけでも、と多くのことを教えた。
しかし。アダムスにとって間違いなく第一の恩人である隠者の師は、勇者定立の儀の数日前に、この世を去った。彼が勇者となった唯一の弟子をその目に入れることはなかった。
きっとかの隠者は、運命から与えられた役目を全うしたのだろう。
ともあれ、なぜそのようなことになったか。それは一言でいえば、危険から逃れさせるためであった。
勇者定立の儀のしばらく前まで、第二王子を跡継ぎにと擁立する勢力があった。
お題目はともかく内実は、きわめて従順な気性であった第二王子を、彼らの操り人形とし、ひいては国を食い物にするためであったとされる。
その勢力は流血や謀略をもいとわない者たちであったため、第一王子アダムスを彼らの策動から保護する必要があった。
国王とその腹心たちは、長い争いの末、その勢力を第二王子ごと全滅させた。国王にとっては第二王子も可愛い息子であり、その息の根を止めることには大いに抵抗があっただろう。
それを乗り越えて第二王子派を一掃した国王は、第一王子アダムスを呼び戻し、勇者として指名するに至った。
勇者の剣には、第二王子の涙、ガレオンの切なる願い、そして勇者の伝承によって託された秩序への希望が宿っている。
自分はその全てに応えなければならない。
第二王子が思い描いた幸福な国を。ガレオンが彼に望んだ賢明なる王太子の姿を。何より、伝承を背負うにふさわしい秩序を。輝かしいそれら全てを実現しなければならない。
アダムスの眼には、果てしなく大きな世界が広がっていた。
宿……ではない。先に潜入していた間者たちが確保していた拠点、というかねぐらで、クリスティンはグスタフと話す。
「あの勇者、話を聞く限り、というか経歴を見る限り、世間に疎いんですよね。そのあたりが、フローラちゃんが――」
「女王陛下、な」
「フローラちゃんが懸念していた理由なのかなと思ったり」
「この従者、どうも幼い頃を思い出したがるようだな」
グスタフは半ばあきれる。
「まあいい。……確かに経歴を見る限り、世間知らずなのかもしれないという点は充分に考えられる。だけどなクリスティン」
彼は腕組みをする。
「人は誰しも、多かれ少なかれ世間知らずだ。結局のところ、自分の周囲しか知らない。遠くのことは本とか資料、手紙とかの文字の上でしか理解できない」
「それは極論ですよ」
「そうか? 例えば俺は下級貴族だ。女王陛下の幼馴染ではあるが、基本として身分に合ったものしか知らない。貧民街の暮らしも、君主の重責も、上級貴族の諸々の流儀も、結局はよく分からない」
「うぅん……」
クリスティンもつられて腕組みをする。
巨大な乳が強調される。
「……とにかく、勇者が仮に世間を知らないとしても、それは程度問題に過ぎないということだ」
「むむむ」
「もっとも、確かに、勇者が話通りの境遇であるなら、国のまつりごとを司るに足る常識を持っているかは疑問ではあるな。ガレオンがどの程度の教育を施したのか、今はまだ断言できない」
彼はあごをさする。
「女王陛下のご懸念は、またさらに別の、アダムス本人の性質にありそうな気もするけども、まあ、追々わかるんじゃないかな」
「それもそうですね。……ところで主様、また私の、お、おっぱい見てたでしょ」
「俺には乳は付いていないからな。分からないものを分かろうとする努力っ痛!」
「真面目な顔してこのへんたい! 知らないんだから!」
毎度のやり取りであった。
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