第19話 帰宅

 ケーキを渡すと、本条さんはびっくりしたように目を見開く。

「え!? これ、どうしたの?」

「うん。本条さん、食べたそうにしていたから。さすがに犬飼さんの分は買えないけど。今月厳しいし……」

「そんな、受け取れないよ」

「いいから。ケーキが泣いているよ?」

 僕はちょっとキザっぽいことを言う。

「ふふ。君でもそんなこと言うんだね。いいよ。受け取ってあげる」

「なんか引っかかる言い方だな~」

「いいでしょう? わたしだってチョロくないんだから」

「うん。そうだね。本条さんは手強てごわそうだもの」

 クスクスと笑い合うと、今度こそ離れていく。

「じゃあ、ね」

「うん、また」

 僕は少し浮かれた気持ちで帰路につく。

 ステップを踏んでいたかもしれない。

 初めてだ。

 初めての気持ちだ。

 こんなにもワクワクどきどきしているのは。

 本条さんが喜ぶ顔が見たい。

 そんな思いが溢れてしまった。

 ついケーキなんて買ってしまった。

「ただいまー」

「お帰り。っておにぃ。なんか楽しいことあった?」

 車を持ち上げて車庫に入れている妹とばっちり目が合った。

「うん。なんだろうね。この気持ち」

 蜜柑の手伝いをすることなく、自室に向かう僕。

「あー。裏切りもの~!」

 蜜柑の声は右から左へ抜けていった。

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