大衆食堂2

「あの……助けてくれてありがとう」

 少年が、アニエスに礼を言った。

「でも、どうして俺に声を掛けたの?出鱈目な名前まで使って。俺、お姉さんとは初対面だよね……?」

「二人の身なりが違い過ぎたし、君が怯えたような表情をしてたっすからね。人身売買の話は聞いていたので、一応声を掛けさせてもらったっす」


 少年は、ボロボロの白いシャツとくすんだ緑色のズボンを身に着けていた。アニエスとエルネストは、少年を家まで送り届けながら少年の話を聞いた。


 少年の本当の名前はリュカ。彼の父親は大工だったが、怪我をして仕事が出来なくなっていた。母親が洋裁をして何とか生計を立てていたが、借金が徐々に増え続け、今回のような事になったと言う。


 三人は、リュカの自宅兼洋裁店に到着した。リュカの両親は、事情を知るとアニエスとエルネストに何度も礼を言った。


 店内に陳列された沢山の服を見て、アニエスは言った。

「……素敵な服っすね。この服なんか、お嬢に似合いそうっす。今度、お嬢にこの店を紹介するっす」

「あ、ありがとうございます」

 アニエスがルヴィエ家に仕えている事は話してあったので、リュカの母親は重ねてお礼を言った。


 リュカの家を後にすると、アニエスはエルネストと共に実家に戻った。エルネストの顔を知っていたジョズエとフォスティーヌは彼の訪問に驚いたが、すぐにエルネストをリビングに通した。リビングで、アニエスとエルネストは二人きりになる。


 「……そう言えば、先日の夜会での事件だけど、僕の殺害を指示した黒幕がわかったよ」

「どなたっすか?」

「シャノワーヌ伯爵だよ」

「ああ、あの絹の取引で有名な……」


 話を聞く所によると、シャノワーヌは、人身売買をしている商会を、そうと知りながら贔屓にしていたらしい。何らかの対価を受け取っていたのだろう。


「で、僕がその商会を摘発する手伝いをしたものだから、恨みを持っていたらしい。彼は今頃留置所にいるはずだよ」

「自業自得っすね」


「アニエス、ちょっといいか」

 二人で話していると、ジョズエがリビングに入って来た。


「どうしたっすか?」

「実は、また買って来てもらいたい物が出来てな。ここにメモしてあるから、買ってきてくれないか」

「承知したっす」

 アニエスがメモと籠を持って出て行くと、ジョズエはエルネストの向かいに座った。


「どうやら、今アニエスを買い物に行かせたのはただの口実だったようですね」

 エルネストが、お茶を一口飲んで口を開いた。

「ええ、殿下に是非聞いておきたい事がございまして」

「何でしょう?」

「アニエスとの婚約を望んだ本当の理由についてです」

 ジョズエは、テーブルに肘を突き指を絡めると、鋭い視線をエルネストに向けた。


 アニエスが家に戻ると、丁度エルネストが帰る所だった。

「殿下、お帰りですか?」

「うん。……アニエス」

「はい」

「幸せにするからね」

「……ありがとうございます……?」

 アニエスは、首を傾げながら応えた。


 次の日、アニエスはルヴィエ邸に戻る為、家を後にした。玄関を出る際、ジョズエは言った。

「……エルネスト殿下は信頼できるお方だ。お互い支え合って幸せな家庭を築くんだぞ」

「気が早いっすね。婚約してはいるけど、結婚まで漕ぎつけるかわからないっすよ」

「どうかな」

 ジョズエは、笑ってアニエスを見送った。


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