転生少女と赤ワイン1
夜会当日の昼、アニエスはブリジットの自室にいた。鏡台の前に座ったアニエスに、ブリジットが化粧を施している。
「……お嬢に化粧をしてもらえるなんて、恐縮するっす」
「勘違いしないでよね。私はルヴィエ家の名誉の為にあなたに化粧をしているの。決してあなたの為じゃないのよ」
そう言いながらも、化粧が終わると、ブリジットは優しい笑顔で「ほら、綺麗になった」と言葉を発した。
夕方、エルネストが馬車でアニエスを迎えに来た。
「お待たせしたっす」
そう言って玄関に出て来たアニエスを見て、エルネストは一瞬目を瞠った後、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「うん、やっぱり綺麗だ」
透き通るような白い肌に青いドレスが良く似合う。昨日の傷も化粧で目立たなくなっている。サクランボ色の唇も、アイラインを引いた切れ長の目も魅力的だ。
「お世辞でも嬉しいっす」
「お世辞じゃないんだけどな」
エルネストは、苦笑して言った。
「……エルネスト殿下も、素敵っす」
白を基調とした正装がとても良く似合っている。エルネストは、嬉しそうに笑って言った。
「ありがとう、嬉しいよ……じゃあ、行こうか」
エルネストがアニエスに手を差し出した。アニエスは、「はい」と一言だけ言って、エルネストの手に自分の手を重ねた。
馬車の中で、アニエスは外の景色を眺めていたが、ふとエルネストに視線を向けた。エルネストは、何やら考え込むような表情でアニエスの右腕を見つめていた。
「……殿下、この腕の痣が気になるっすか?やっぱり、お見苦しいっすかね」
アニエスの右肩の近くには、大きな痣がある。生まれつきのものだ。
「……いや、そうじゃないよ。そうじゃないんだ……」
エルネストは、それきり何も言わなかった。
王城に着き、二人は会場となる広間に足を踏み入れた。既に沢山の貴族が入場していて、アニエスは緊張した。
「エルネスト殿下、お久しぶりです」
早速、貴族が声を掛けてきた。
「お久しぶりです、シャノワーヌ伯爵」
エルネストが笑顔で挨拶する。アニエスは、事前に仕入れていた情報を思い出した。シャノワーヌ伯爵は、領地を絹織物の取引で発展させた実力者だ。
「お元気そうで何よりです。……ところで、隣にいらっしゃるお嬢様はどなたですかな?」
「申し遅れました。私、ルヴィエ家に仕えておりますアニエス・マリエットと申します。以後お見知りおきを」
アニエスは、すかさずカーテシーを披露する。言葉遣いも仕草も、必死で練習した甲斐があった。
「ルヴィエ家に仕えている……?貴族ではないのですか?」
「ええ、彼女は平民です。……詳しい事情は、後程発表させて頂きますので」
エルネストは、笑顔のままそう言って、アニエスと共にその場を離れた。
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