生き残りを賭ける

二〇二四年五月。

AIファイターの存在は徐々に格闘家達の間で浸透している。


北海道圏によるAI移住者バトルロワイヤルによって一人のファイターが現実化された妖怪とAIファイター達と交戦したことを一部関係者に連絡。

その後の行方は不明。


中部圏内にて都市に起きた謎の暴行犯人消失事件が人知れず解決。

かかわった若者はファイターかもしれないが解決後は曖昧な返答でそのまま終わる。


四国圏内で浮世うきよ離れしたオカルト団体兼格闘技ジムが消える。

噂ではAI生命体が経営していたらしいが出稽古に来ていたファイター二名の説明では不明点が多い。


そして関西圏。

AIファイター達との対立が一部人間のファイターへ向かう。


ただ今まではAIファイターは人間の姿だと知らされていたため、一度退避したAI陣営はピリついた関西ファイター達から分からない範囲で今も活動している可能性あり。




 治安悪い。

 メリットがデカいけどデメリットも目立つなあ。

 そんなに欲しいものも何もないから最終的にどこかへ行っちまうか。


「おーい。もう酔ったのか?」


 あけびの声で自分の世界から元へ戻る。

 最近原大げんせいは悩み事が多すぎて知らない間に人の話を聞かなくなってしまっている。


 ここは居酒屋。

 九州圏格闘家、輝原実てのひらあけび咲良現弾原大さくらだんじげんせいは通称『AI妖怪争バーチャルアンデッドウォー』に巻き込まれている関西圏で日々格闘家として練習している。


 だがAIファイターと呼ばれる各地で静かに暗躍していた人外じんがいファイターが他の技術を使ってかつて日本や世界に存在していたクリーチャーをAI生成によって実体化し、それがファイター間でのしがらみと利害が一致。


 表向きにならないようにあくまで『AIファイター団体と人間の格闘技団体とのマッチメイク作りを目的としたシナリオ』としてAIクリーチャー達も着ぐるみと嘘をつきながら一般市民には手を出していなかった。


 とはいえ北海道圏内では一般人を巻き込んでいると聞いている。


 一体奴らは何を考えているのだろう。

 ただでさえ関西圏のファイターどうしでは協力と険悪を行き来しているのに。


原大げんせいがナーバスになるのもこんなご時世じゃしかたない。飲まなきゃやってられないけれど今日はずっとサイダーばっかじゃんか。」


「お前と一緒におる時はそない勢いづいて飲んでも後で嫌な気持ちしか残らへん。

それに歳下のファイター達も成り上がりを目指して有り余った力を厳しい規制の中で試行錯誤しとる。


だがな。

俺は『試行錯誤』やら啓発的な命令が大っ嫌いや。

お前らの実践していること俺ら全て助けてへんやないかって。」


 あけびもそうだよねえといいながらたらふく飯を食らう。


 人間は馬鹿しかいないというのも原大げんせいは十代でやってきた実体験で嫌というほど自覚してる。


 そこでAI達による格闘技術と機械的技術の応用と実験。


 奴らはことが明るみにならないのをいい事に格闘技で生きていくためジム外でピリついている中、本当にあのAI達をここまで導いた天才の顔を見つけたらぶん殴りたいくらいに生きづらさを感じているのだった。



 ここを出よう。

 二人は居酒屋を後にし、大阪の街を歩く。


「口直しに適当な話でもしようか。この前俺たちの団体じゃない選手…名前は伏せさせてもらうがそいつが煽ったらしいんだよ。従牙ていまに。

でも従牙ていまは見逃した。

有望なガキだってことでさ。

まあ従牙ていまが誰に何を言われても手も口も出さないのは信じてるけれどさ。


俺たちの争いって些細なきっかけで年齢性別国籍何も問わず起こっちまう。


だがAI軍団は余計な手出しも拡散もしないし試合に出ても突出した記録は残さず詳細は不明。


コンプラも守れるし人類と共存できる上。

デメリットはこっちへ喧嘩をしかけてくるだけ。

あいつらの方がよっぽ…ああ。悪い。


口直しのつもりがつい。」



 原大げんせいは愚痴るあけびに酔いが覚めてないからだと言い聞かせて肩を組む。


「しばらく攻撃を控えてる。大規模な格闘技興行がある時は隠れてこそこそ活動か。

いけ好かない。」


「ああは愚痴ったけど、それはそれでいいんじゃないか。おおかたあいつらも非日常を楽しめないと生きていけないのかもな。」


 AIの奴らなら大人しい。

 だが人間はどうだろうか。


 また大人しくジムで練習させてくれるほど悠長に待てないのは人間の方かもしれない。


 小さな怒りが大きな戦いになる。

 そして少なくない犠牲は一般人の目に届くことはない。


 二人はどこかでやるせなさを考えながら、夜の街をぶらついた。



-バトル・イン・ザ・ホール



 AIファイターだ?

 なんだよそれ。


 事務仕事やらなんやら色々と人間をおびやかしてるらしい。


 別にいいだろう。

 大して意味の無い仕事ばかり押し付けあって老後はその貯金も使えず介護やらが待っている奴と待っていない奴で別れるだけ。


 格闘家になって格差をじっくり体験してから余計に実感したよ。


 俺たちの幸せなんて保証されないってことを!



「腕ならしにはちょうどええで!ほらっ!後ろむくんじゃねえ!」


「分かってるわ!でも俺たち三人でやっとや。悔しいがAIファイターも俺たちを研究してるみたいやな。」


「いいから止めるぞ!十九歳だってのにこうも制限多いとストレス発散も苦労するっ、ちゅうねんボケェ!!」



 三人の若者はAIファイターが誘い込んだ路地裏から移動し続けパルクールのように逃げては、攻撃を繰り返す。


 産まれてからずっとこの地で生きているのに地の利があるのはAIだなんてこんなところで負けてたまっかよ!


 三人の関西格闘家はAIファイター達の今現在活動している範囲を突き止めた。


 馬車を知られればすぐに消え去るのはまだしも記憶を消せないのは生々しい現実感がある。


 AIファイター達も学習や努力が必要な辺り、もしかしたら戦ってるうちに和解や共存も可能なのではと考えることもある。


 だが、


「世界でどれほどの強さか?は置いといて、フフッ!

 お前らランカーだけあって只者じゃないねえ。

 出来ればもう少し人類と共存したいから本腰入れてのガチバトルは御遠慮願いたいのだが。」


 ここまで少しずつ拡散させといてよくいいやがる。


「ここは他の地方や国より暮らすのはしんどいでえ!俺がお前に思い知らさせてやるわ!」


楽鬼しゃあく!流石に他の国の方が治安も民度も悪いし生存率低いよ。」


「まったくお前らここでコントしてんじゃねえ!」


 ローブに身を包むAIファイターは手で顔を抑えながら笑っている。


「こういう天才?まあいいか。面白い人達がいるから笑いの聖地って言われてるのかと思うと俺たちAIもユーモアが欲しいなあ。」



「「このやり取りは遊びじゃないんや!!」」


 いくら日本国内とはいえ三人のランカーを相手にそこまで戦績がいいわけではないAIファイターが余裕を見せるなんて。


 三人は舐められていると思いAIファイターのパルクール攻撃を避けてカウンターをし、また囲む。


「いい連携だ。幼なじみか何か?人間の絆なんてここまで強固には出来ないと思ったけれど。」


「それはそれ、これはこれ。まあ俺たちだからこそのやり取りかな。

あと気をつけないと蹴り、食らうよ。」


 AIファイターのローブを外して急所を攻撃する。

 もしものために格闘家も護身用グッズは持っているのだがそれを使うことなく素手でリング外でも戦えるように警戒はしている。


舞矢がいと!お前にトドメは渡さへんよ?」


「なら楽鬼しゃあくに任せる。」


「俺もいるぞ!」


 三人目の格闘家・慰霊稀いれいるがAIファイターの後ろへまわる。


「羽交い締めはしない辺り漢らしいねえ。

でも忘れてない?俺たちはAIだってことを!」


 AIファイターの髪の毛が物理法則を無視して慰霊稀いれいるを覆い隠す。

 まさかそんな技まで!


「フィクションの真似事を学習してみたけどひっとらえるくらいが限界か。お前たち二人にとって戦いにくいんじゃ…」


 二人は捕まった慰霊稀いれいるにお構いなくAIファイターに弾丸のようなハイキックとストレートによる攻撃を浴びせた。


「がはっ!!お前たち…仲間を…」


 すると楽鬼しゃあくは笑顔で語る。


「仲はええけどいつ対戦カード組まれてもおかしないから別に慰霊稀いれいるは人質にならへんで!」


「冷たいわけじゃないよ。それも俺たちの仕事だから。」


 AIファイターは慰霊稀いれいるはなし、逃げようとする。


 ピカッ!


 今度は青白い光が三人と一体のAIファイターをつつみ、説明が難しい現象が発生した。


「こ、今度はなんや!お前まだなんか隠し持ってんちゃうやろうな?」


「そこまでは冗談だよ。しかしこの光…なぜ、ぐっ!」


 AIファイターと少しやり取りをした後に光は大きくなり、そして元の景色へと戻るはずだった。


 そこには一人の若い男性がAIファイターの首を絞めていた。

 AIファイターは何も言うことなくそのままうなだれていく。


「悪いね君達。ここは少し離れて。」



 いつの間にか別の若い男性もいた。

 そういえばこの人達は。



 AIファイターはまるで溶けた金属のようにゆっくりと地面に向かい、そのまま何も痕跡を残さず消え去った。



「クチル君。いくら事態が事態だからって荒すぎるよやることが!」


「本田が優しすぎるだけだ。」


 三人は目をしばしばさせ、いつの間にかやってきた二人に注目していた。

 そこはまだ十九歳の青年そのものの反応だった。


「あ、あんたは流街灯りゅうがいとクチル!」


本田愛宝ほんだめいほさんまで。

ここは東京じゃないですし、まだ大規模興行の時期には速いですよ。」


「それにあんたらは団体違うやないかい!」


 二人はため息とやれやれといったポーズで三人に呆れている。


「ここまでどうやって来たのかを聞かないのはいい守秘義務だ。なら本題に入る。

俺たちはAIファイター達…『UNKNOWN

ANTIBURST』の計画を止めに来た。」


 彼らはここまでの経緯いきさつを話す。

 関東圏内で本拠地の一つが見つかった。

 まだ確信を得た証拠としては弱いが本田愛宝ほんだめいほが在住地である中部地方都市にて遭遇した「謎の暴行犯人消失事件」を解決。

 その後流街灯りゅうがいとクチルが「北海道移住者消失事件」に関わっていて、全ての証拠が消え去った時にクチルはAI達から受け取った空間移動装置で各地へむかっていた。

 そして四国地方圏内で起きたらしいトラブルを解決させたあと、やっともうひとつの計画が始まろうとしている関西圏内にたどり着いたという。



「俺はクチル君に事態を聞いてついていったんだ。勿論ジムには許可を秘密でとっているけれどね。」


 三人はAIファイター達が本格的に動いていることを知り、ここまでファイター達のみに知らされていることに恐怖を感じた。

 だがへこたれてはいない。


「次の大規模興行前になぜファイターを闇討ちしようとしたんや?」


楽鬼しゃあく流街灯りゅうがいと選手はほぼ自発的な行動で突き止めてるわけだから、全ての選手を闇討ちするつもりはないと思う。」


「律儀に海外でも試合をしとるみたいやし、俺たちにもリング外で戦いを挑んできたのもただの冷やかしにしてはリスクが高すぎるでえ。」


 不審な点がまだまだ多すぎる。


「おお?光がする方向を見て仲間がワープしに来たと思ったら。お前が例の強奪ファイターか!」


 流街灯りゅうがいとクチル以外の四人は気配もせずにやってきたAIファイター達に気が付かなかった。



 しかもAI妖怪まで。

 このクリーチャーについては関西圏で絶大な人気をもつマスコットに成り代わろうとしていたのに。


「次から次へと。俺ら特撮ヒーローやないでえ!」


 拳の骨を鳴らしながら楽鬼しゃあくはAIファイターへ走って近づくと消失し、本田愛宝ほんだめいほに一瞬で攻撃を繰り出した。


「へっへっへぇ!もう一度憂さ晴らしに来たよお!」


「君はあの時の。同一個体なのか?いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない!」


楽鬼しゃあく!ここは俺と慰霊稀いれいるに任せて流街灯りゅうがいと選手に加勢するんだ!

不服かもだけど!」


 AIファイター・妖怪達は次々と格闘家達へ襲いかかる。


 倒したと思ったら何匹も。

 こいつら…


「ゴキブリじゃないよ」


 声のする方へ腕を上げると懐まで入られた。

 瞬間的に蹴りをぶつけてみるも後退され避ける。


 AIファイターは拳にオーラを纏わせ隙だらけの楽鬼しゃあくに攻撃しようとし、ガードが少し遅れた。


 まずい!


 しかし攻撃は受け止められていた。

 かばってくれたのは…



「「「「咲良現弾原大さくらだんじげんせい」」」」


「くっ。他に仲間がいたか。」


 そしてもう一人青年がAIファイターを蹴り飛ばす。


「何油断してんだ。一人で来たとは言ってないだろ。」


 クチルは何も違和感を持たずAIファイターと妖怪を倒す。


 本田愛宝ほんだめいほは初めての相手では無いからか弱点をついてAIファイターを倒していた。


「弱点を補うほどの学習能力はあるみたいだったけれど、適応力は俺の方が上だったみたいだ。


それよりもなぜあなたがここへ?」


 答えはひとつしかない。

 青白い光。

 そこへ格闘家…同業者がいたのだ。

 入るのは容易たやすかったのかもしれない。



「ちっ。人間の格闘家達よ。今回は引いてやる。

共存も選択肢に入れた結果、能力を控えめにしたことが仇になった。

今はこちらの分が悪い!」


 流石にことをおおやけにしたくなかったのは向こうも同じだったようだ。


楽鬼しゃあく。お礼はどうした?」


「はあ?お礼?あんたが勝手に出しゃばっただけやろう?」


「ったく従牙ていまじゃない相手にまでその、口の利き方か。

 将来今より大物になるよお前。」


 咲良現弾さくらだんじはお礼を言わない楽鬼しゃあくからの返事に期待しなかった。


 そしてもう一人である上杉実うえすぎあけびは話題を切りかえ、クチルにたずねた。


「こうなった以上、相手さんの道具を持ってたった一人でここまで行動してきたお前に全貌ぜんぼうを聞きたい。」


 ここでクチルは表情が固くなる。


「まさかとは思うけれど、ここまでやっておいてあまり敵の事情知らない?最初の説明だけ?」


 舞矢がいとが皆が思っていることを口にした。


「かっこよく登場しておいてまさかのオチかい。あ、そういえば本田さん。

あんたは関東圏内のこと知ってるのとちゃいます?」


 コンプラを守ってきた本田愛宝ほんだめいほがさっきから言おうか言うまいか迷っていた。

 そして重い口が開く。


「クチル君にはまだ隠していたことがあっただけ。ですから責めないで。

実は関東圏内の先輩から本拠地らしき場所を誰かと行動しているような連絡がありました。


といっても推測です。『UNKNOWN ANTIBURST』のすぐ側にいち早くたどり着いていた証拠。


『人が液状化した。』という連絡だけ俺の元に送信されてました。


 俺たちはAIファイターが倒れる時に証拠隠滅のために液状化するところを見た人もいたかも知れません。


 その最初の疑惑を教えてくれたのが春日登かすがのぼる選手です。」


 関東圏内の情報はある程度回ってきていたとはいえ、本田がコンプラを守るために隠していたのかもしれない。

 それについては誰も責めない。


 大規模興行にはAIファイターは参戦していなくともスポンサーや他の仲間を使って無理やりねじ込むかもしれない。

 期間はたっぷりあった。

 その間に国内とは人間の格闘家に目をつけている本当の理由。


 咲良現弾さくらだんじはクチルへ装置について聞くことにする。


「二人は転送できるのか。どうだ?七人は関東に連れて行けるか?」


 クチルは試したことはないとつぶやいて考え込むと装置のボタンを長押しして古いホログラムのアシスタントを呼び出した。


『AIの皆さんならこんな装置使わないと思っていたら人間に盗られちゃいましたか。ま、だからこの装置は景品呼ばわりなんですけれど。』


「質問に答えろ。人間なら何人どこまで転送できる?」


『AI側は自在に建物も周囲も設定で自在に移動できますよ。

今この場にいる人間様の数も簡単に世界旅行できまーす。

ただこの世界の法とかそれぞれについては従わないと危ないかもですね。

でも、あなたはもう初めてにしては使い慣れている。

結論を言えば、ここにいる七名くらいは簡単に転送できますよ。』


「そうか。ありがとう。」


『あなたは面白い人間ですね。ワタシを呼ばないで基礎も応用もやってのけてる。

AI達が水面下で行動するのも、内心では人間に脅威を感じてるからかもしれないでしょう。』


 ここにいる七名はいつもはジムも団体も矜恃きょうじも年齢もバラバラだが春日登かすがのぼるの元へ向かう準備をした。


 すると楽鬼しゃあく咲良現弾さくらだんじへ話しかける。


従牙ていま…さんには口の利き方悪かった。でも敵対心や団体への恩義は人それぞれや。

もし対抗戦あるんやったらそこでカタをつける。

だから今回の喧嘩、協力させてもらうでぇ!」


 まったく。

 咲良現弾さくらだんじと上杉はクチルの指示に従い、関東圏へと突入する。


 ノックアウトは近い!

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