機械生成された純血

 産まれ育った海を見て若者は癒されている。

 都会の海では何が綺麗か分からなかった。

 かといって沖縄を除いた九州で見る海は住んでまで見たい場所じゃなかった。


 都市一強化を狙う日本のやり方にはついていけず、かといってゆっくりと浸透していく謎のAIファイターの噂を聞くのも嫌気がさした。


 もしかしたらAIファイターとは試合をしていたのかもしれないと思うとゾッとする。


 それくらいに奴らは人間世界へと溶け込んでいるのだ。


 同じ人間同士のやり取りでさえ神経を使うのに本当にこの海だけが救いだ。


 かつて四国の格闘技ジムへ出稽古でげいこしていた頃に出会った土井盤黒どいめいとと気晴らしに海へ見に行ってヤンキーと出会い、逃げた過去を思い出した。


「あいつ、元気にしてるかなあ。」


 それが海を眺める若者・貝中土筆怒かいなかりゅうずの物語の始まりだった。




 AIファイターが噂されるようになって何週間か経過した。

 それでも露骨にAI生成されたような違和感のある人間はたまに美意識が高い人くらい。


 失礼な例えになってしまうがつまり気が付かない。

 噂というよりホラーや都市伝説を楽しむような感覚だ。


 それにAIファイターといっても現代の格闘技術を簡単に応用できるとは思えない。


 単純作業とは明らかに違う。

 無論これも単純作業を馬鹿にしているわけじゃない。


 貝中土筆怒かいなかりゅうずは中国地方出身の格闘家で海外遠征も繰り返しながら修行している。

 二十三になり、若手とはいえ引退した仲間も数多く出会った。

 時代が本格的に変わろうとしている。

 良くない方へと捉えている人間の方が多いが。


 貝中はそれでも簡単に何かを捨てるつもりはなかった。

 せめて継続し、試合を続けることが格闘家としてファンや応援してくれる人達へ還元かんげんできる自分の出来ることだと。


 せめてその前に懐かしい経験が出来ないか。

 貝中は上京してから久しぶりの帰省で中国地方の地元に帰ってきた。


 流石に四国地方にかつていた友がここに来るなんてことはそうそうない。


「お~い。この海の景色って最高ですよね…ってお前!」


 嘘だろ?貝中はかつての友である土井盤黒どいめいととの再開に喜び、拳を合わせる。


「もうここに現れることなんてないだろうと思っていたけれど『だろう』って決め付けは良くなかったから『かもしれない』って賭けてみたらいたよ。」


 土井は貝中以上に喜んでいた。

 しかし、貝中はどうにも素直に喜べなかった。


「久しぶりの再会で喜びたい。けど、盤黒めいととは関東で出会ってもおかしくなかった。


もしかして回ってきたろ?AIファイターのこと。」



 もし盤黒めいとが一般人か引退したファイターだったら喜ぶことが出来た。


 だがファイターかつ同階級である以上、簡単に親交を深めることは出来なかった。

 所属している団体的に自分達の関係はあまり表に出したくない貝中は水臭いとは思いつつも土井への配慮はいりょも考えてさけていた。


 だが四国の格闘技情報に気になる内容があった。


「はあ。AIファイターが集うオカルト団体がこの四国の地で勢力拡大に向けて選手を増やしているのはお前の耳…いや、現代じゃ目にも入ってたか。


多額の報酬が手に入るからいつもの帰省とは違っててさ。」


『UNKNOWN ANTIBURST』の傘下として四国の格闘家が噂していたオカルト団体であり格闘技ジムも兼ねた珍百景組織『Question Royal』が潰れたコンビニの次に建設された。


 消滅可能性自治体しょうめつかのうせいじちたいと言われている地域に格闘技ジムを日本で立てるなんてどんな判断だと思っていたが、会員は人間じゃないらしいと地域住民の主婦や女性陣達が怒っていたのを少しだけ四国の知り合いから聞いていた。


 なぜ人間はダメなのか詳細は不明だが、それなのに存在を許されているのも貝中は釈然しゃくぜんとしなかった。



「二人で潜入しようぜ。現役プロファイターなら人間でも入れるらしい。」


「やっぱり俺と組んで潜入するつもりだったか。でもこの手の情報や最近俺らで噂してることをAI連中が知らないとは思えない。」


 だが四国を水面下で荒らされるのも二人とも嫌だった。

 せめて情報をつかんで試合までマッチメイクへ漕ぎ着けたい。

 もっとも競技によるが。


 そして二人はQuestion Royalへと向かう。



-オカルトではない。後継文化ネクストステージだ。



『Question Royal』


 謎王と訳されるネーミングセンス。

 思ったよりも簡単に潜入は成功した。


 元々オカルト信仰を進めて奇異な目で見られているからか格闘技ジムとしては目立つことはしてなかった。


 これだけだと変人だらけのジムなだけで彼らがAI技術の賜物たまものとは考えられなかった。


「俺たちってさ、浮世うきよ離れした生活と隣り合わせだからこういうのだけは許容範囲だよな。」


「そうか?潜入した理由もここの秘密を拡散して報酬を得るための作戦だろ?俺は結構キツイんだけど。」


 しかも見た目的にAI生成されたような違和感はなかった。

 オカルト活動もせず黙々とトレーニングを続けている。

 不振な点は見当たらない。


 それから一週間が過ぎて出稽古は終わった。

 オカルト信仰をしているとは思えないくらい地味に。

 もっとも誰が何を信じていようが個人の自由だし、格闘技においてはそんなことは言ってられない。


 この程度は日常茶飯事だ。

 ジムや団体によるけど!!


「結局何もつかめなかったな。」


「オカルト活動も今は鎮静化している。フィクションと違ってただの人間にしか思えなかった。」


 土井はたんなる嫌がらせなのかと思って地面を蹴ると後ろから声をかけられた。

 例のQuestion Royalの一員から。


「いやあ一週間いい参考になったよ。

ところで二人とも時間ある?」


 気さくな人でとても怪しい趣味があるようには思えなかった青年だった。

 二人は断ることなく誘いを受ける。


 四国の居酒屋は粒揃い。

 安くて美味しい店がまだ残っている。


 穴場を知ってる青年がとてもオカルト信仰以外、正体不明のAIだなんて二人は疑いたくなかった。


「今の世の中って人間が作った生きづらさに敷かれてしまってるよ。僕達格闘家にとっては窮屈だ。」


 話を聞いているとオカルト信仰が絡まなければ割とシンプルな格闘家だった。


 見た目は東洋チックだが育ちが南米だったりするのだろうか?


 魔術や儀式、裏の歴史などとても居酒屋で聞けるような内容ではなかった。


「せっかくだし二次会しよう。まだ話したいことがあるからさ。」


 ええ?

 もうアングラな話は勘弁してくださいよと言いたかったが断れない二人はそのままついていくことになった。

 代金も先輩の奢りだったが高いメニューはほぼ頼まず、三人とも一品しか食べてないのでこれで二次会ってノリなのは青年の世界観によるものだろう。


 そうして青年の後ろを歩き、だんだん人里から離れていく。


 怪しいと思った時には青年から念動力なのか分からない波動攻撃を奇跡的によけた。


「色々と噂があるからプロファイター限定で人間を集めていたんだよね。」


 嘘だろ?

 二人は暗い世界観がある気さくな格闘家だと思っていた青年の謎の力と豹変ひょうへんに驚きを隠せなかった。


 波動攻撃はリーチが長く、いくらプロでも丸腰まるごしの格闘家には対応しきれなかった。


「この技をリングで使わないって制限は厳しいねえ。別に勝敗なんて僕達には関係ないけれど、人間社会をじっくり僕達の色に染めるには段階を踏まないといけないから、ねえええ!」


 傍にあった木に穴が空き、倒れる。


 くそ。防戦一方か。

 だが貝中は弱点を狙うため青年の動きを観察していた。

 土井は何かを狙っている。

 ここは別行動は危険だ。


 青年は力を過信してるのか波動攻撃しかしてこない。


 AIファイターなだけならまだしもこんな力まで搭載されちゃあ敵わない!


「僕達はただの機械生成じゃない。流れているプライドは純血。

君達のような差別と区別が苦手な霊長類とは違うのさ!」


 歴史を語っていたからこその人類への敵対。

 それは今は置いておいて、隙を狙って森へ隠れる。


「隠れても無駄だよ!ほぉらっ!」


 青年は空気を集めて周囲を解き放つ。

 これは予想外だった。


 辺りの森林は吹き飛ばされて運良く避けた自分達だけが残る。


 傷がないのはトレーニングの成果だととらえるとしよう。

 そこで二人は青年の隙に気がついた。


「「おおおりゃああ!!」」


 二十代前半が何を言ってるんだと思われるかもしれないが青春くらい味合わせてくれ!


 二人のタックルによって青年は倒れ、腕を封じて体力を奪う。

 キックボクサーだがMMAの技も学ばなければならなかったので二人とも苦手だったのだがここで役に立つとは。

 だから格闘技は止められない!二人は口にはしなくてもその気持ちは一致した。


「ギブなんて言わないよ。確かに波動攻撃にはインターバルがあるけれど、さっき森を吹き飛ばした技のこと忘れてない?」


 やばっ!

 だがそれも腕と足さえ封じれば現実的に考えて使えないはず。

 そんな漫画やアニメにケチをつけるようなツッコミで落ち着きを取り戻す。


 しかし空気の震えが徐々に青年を中心に二人を巻き込む。


「さあ、消え去りなさい。」


 だがブラフかもしれない。

 油断して動きを解けばまた逃げ続けるだけになる。

 そして夜が明ければ青年は逃げる。

 余計な攻撃なんてする必要がないから。


 だと思っていた。

 青年はこのまま二人を巻き込むつもりだった。


「秘密は守るよ。僕達は。」


 くっ、ここまでか!


 すると突如青い光が三人の周囲を包み、たまのように発射された二足歩行の何かが貝中と土井をしりぞけ青年に激突した。


「ま、まさかそれを…なぜ…」


 光は一瞬時を止めたような大きさになった後に元の夜へと戻る。


 そこに青年は一切の痕跡こんせきを残さず消え、一人の若い男性が立っていた。


「お、お前は!」


「「流街灯りゅうがいとクチル!」」


 彼は北海道出身の格闘家。

 自分達とはそこまで関係があるわけではないが注目の若手ファイターでもある。


 いやそこじゃない。

 東京か地元に戻っているかもしれない彼がなぜ意味不明な登場を?

 しかもAI人間を倒してもいる。


「貝中選手と土井選手か。あんたらも手伝ってくれ。」


 貝中はこちらの事情を説明した。


「なるほど。

AI連中がこの地方にもジムを構えていたか。」


「あの青年がどうなったのかはあんたが倒したから分からないけれどな。」


 恐らくさっきの情報が向こうに伝わってるはずだ。

 ジムもまた何らかの形で情報を隠蔽するかもしれない。


「ここまで移動する最中に関西圏でもAIと人間の戦いは続いているらしい。あとAI連中は俺が持ってる空間移動装置?まあ正式名称は知らないがそれを使って本拠地へ帰れる。

俺たちは昭和に放送された仮面ライダーみたいに暗躍してるAIファイターと戦う宿命なのかもしれない。」


 それじゃあ俺たちの戦いに終わりがないじゃないか。

 他にもクチル選手には聞きたいことが山ほどあったが報酬のことや今後の格闘技界のことある。


「仕方ないな。その装置にリスクは無さそうだし、準備したら俺たちも連れてってくれないか?

おそらく一人だけなんてことはなさそうだし。」


 土井がクチル選手に提案すると彼は「なら連絡をするから各自で移動してくれ。」とまたどこか光と共に移動しにいった。


 はあああああ。

 全くなんでこんなことに。

 しかも関西圏でマジのバトルが勃発ぼっぱつ


「俺たち、想像以上にやばいことさせられてるのかもしれないな。」


 こんなことならAIの青年にご馳走になればよかったと貝中はジョークを言うと笑えないよと返事をされた。


「他の県や世界でも隠蔽されてるだけでちょっとずつAIに攻撃されてるのかもな。」


「今俺たちだけで考えても仕方ない。それにクチル選手は決して弱い選手じゃないからああやって俺たちを助けてくれた。彼の話通りなら、あのオカルト信仰団体はなくなったかも知れない。

多様性の世界でこんなことするのは気が引けるけれどあっちの判断だ。

俺たちは俺たちで日常を過ごして考えよう。」


【まったく】と〈やれやれ〉。

 久しぶりの再会は嫌な依頼で始まったが次に連絡があるまでは四国を楽しもうと二人は居酒屋へ向かった。

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