Metal Emperor

 何度現役引退を考えた分からない。

 希望を持って試合をしていたわけじゃないが自慢の肉体美を軽量級で魅せられる競技かつ天職は格闘技しかなかった。


 SNSではアンチばかり目をつけられる。

 筋肉人間には風当たりが強いってか。

 もし目の前にいたらぶん殴ってやりたい。


 勿論多様性が叫ばれるディストピア世界の現代でそんなヘマはしないが。


 流街灯りゅうがいとクチル。

 二十歳男性。

 気がつけば二十歳。

 北海道圏出身で東京住み。

 思うところがあって今は北海道に帰省しているがそこではあるトラブルが発生していた。


 たんなる外国人観光客や地方移住者のマナー違反ならともかく、最近ファイター間で噂になっている「不審なファイター」が一枚噛んでいそうな話を帰省して耳に入った。



「最近腕っ節の強いどこの国か分からない人が地方移住者を集めて何か祭りをやってるみたい。」


「しかも無許可でしょう?なのに何故警察は何もしないの?」


「それがね、どうやら公安も手を焼いてるらしいの。

暴力を使うんだって。」


「怖い。でも不定期なイベントだからなんだか謎。

いつ開催されて巻き込まれたらどうしよう。」


 北海道の街で奥様達が話していたことを耳にしてここで何か起きていることは明白だ。


 噂レベルですんでいることが不気味な乱暴者がここで暴れている。

 人間が行っているはずなのに。


「ローカル格闘技興行なのか?いや、それならもっと俺にも情報がくるはずなのに。」


 クチルは少ない情報を頼りに謎のイベントを探しに探し、そこでたどり着いた。



『カルトプランダー』



 怪しさ満点の興行。

 まるでサーカス団みたいな売り方だが地方移住者とおぼしきマナーが悪い人間を問い詰めて仮説は確信へと変わった。


 不審なファイター…オカルトファイター…移住者による暴走。


 そして不審な団体。


 クマの出ない安全な山で行われるイベントなんてそうそう少ないはず。


 クチルはカルトプランダーへと潜入していくのだった。



-カルトプランダー内にて


 中で行われているルールは全てむちゃくちゃだった。


 ほぼ喧嘩を推奨すいしょうしているようなもので、中には死傷者も倒れていた。


 地方移住者に対して様々な動機があることは分かる。

 自分も東京で暮らしていて地方で戦うファイターの仲間からよく愚痴を聞かされていたから。


 だがマナー違反をせっかくの別天地べってんちで行って自分達の思うとおりにしようするのは間違っている。


 だからって殺し合いして欲しいとも思わない。


 クチルはいち早く正体をしり、これ以上格闘技の偏見が広がらないように祈りながら奥へ奥へと入っていく。


 だんだんと音が小さくなり、倒れている人間の数が増えていくだけで凄惨せいさんさを目の当たりにするクチル。


 逃げ出すには遅すぎる!

 進むしかないと言い聞かせながら歩くと誰かが足をつかんだ。

 振り払おうと思ったがその腕の力に殺気はこもっていない。


「あ、あんた…も…景品を…狙いに来たのか…。」


「景品?こんな命がかかっているのに福引きみたいだな。

あんたはそんなことのためにここで殺しあってたのか?」


 腕の主の命の灯火ともしびはもう尽きかけている。

 彼は残りの命を使ってクチルへ全てを話してくれた。


「景品といっても安いものじゃねえ…AI生成のクローンを…主催者がこの地方でよみがえらせた妖怪達とAIのクローンを倒せばどこにでも行ける扉を手に入れられる…俺たち移住者はどこでも人間関係によるしがらみで…苦しんできた…ここの主催者は…そんな俺たちの救済措置きゅうさいそちとしてストレス発散も兼ねてバトルロワイヤルを計画した…あんたも…あの景品を見れば…きっと…戦い…たく…なる…は…」



 AI生成によるクローン?

 妖怪の復活?

 そしてどこにでも行ける扉?


 全く意味がわからない。

 胡散臭いが命尽きた情報提供者を愚弄ぐろうしたくなかった。


「主催者はともかくここにいるのは人間じゃないのか。」


 クチルはシャドーボクシングと蹴り技の練習をし、構えた状態で改めて奥へ進んだ。


 だんだんと人の声が少なくなり、倒れた者たちばかりあふれていく。


 こんなの、最悪だ。


 そしてリングらしき場所へたどり着くとそこでは人をいたぶる見たことがない化け物と黙って見ている人間らしき誰かが数人観戦していて、地方移住者らしき人間を痛めつけていた。

 さらにその内の一人に見つかる。


「へえ。こんな所まで飛び入りの参加者?」


 屈強な牛のような姿の男が殴った人間をほおり投げる。


「俺たちやこの光景を見てもなんとも思ってない辺りただものじゃなさそうだ。」


 細身の河童かっぱが牛男の元へ加わり、こちらへ歩いてくる。


 観戦者らしき人間はどことなく顔や身体がおかしい。

 なんらかの障がいかと思ったがAIクローンの話を聞いていたので多分AI生成によって生まれたやつらか。

 だとしたらバグが残っているのかもしれない。


 河童と牛男はクチルの前で拳の骨を鳴らし、攻撃の隙を狙う。


 クチルは高くバク転をして河童の羽交い締めを阻止し、河童のうなじを思い切り殴る。


「くそっ!こいつ格闘家か?だとしても現代格闘技にそんな技はないって聞いていたのに!」


 やはり弱点ではなかったが。

 だが効き目はあった。


 クチルは蹴りと拳の連打を繰り返して河童をあっという間にノックアウトさせた。


「貴様!よくも連れを!」


 弱点を探すようにクチルは牛男の攻撃を避け、格闘技では使わない禁じ手を何度も使って相手の攻撃をよけ、ダメージを確実に与える。


「くっ…今どき…こんな、アクションの使い手がいる…とは。」


 牛男は大きくうつ伏せに倒れる。


「へえ。プロの格闘家というかアクションスターだね。」


 やっと出てきたか。

 ROM専ろむせん野郎。


「AIファイターの噂が広まってるから大きく活動出来なくてこんな山まで使って実験したのにあっという間にプログラム妖怪まで倒すなんて。」


 周りには三人のAIバグファイターがクチルを囲む。


「お前らが逃がした地方移住者達が拡散してるのかもしれないな。」


「そうだね。だから君を黙らせないと人間をコントロールする計画が台無しになるからさ!」


 三人のAIバグファイター達の他にまた別のAIファイターがやってきて次々とクチルへと攻撃する。


 こうなりゃ道民ファイターとしての腕の見せどころだ!


「はっ、はぁっ!とぉっ!あちゃっ!たぁぁぁ!」


 アクションスターではないが中国遠征で習ってきた格闘技術が現代の国内格闘技術と親和性が高くなって次々と現れるAIファイター達をクチルは倒しまくった。



「そ、そんな。こんな技術の持ち主、聞いたことがない。」


 ああ。

 アンチは多いが総合格闘家からはジモキックと馬鹿にされるキックボクサーだからなあ!


 今までのストレスとここまで志半ばで倒れた地方移住者達の分まで観戦者として居座るAIバグファイターの元まで他AIファイターをぶっ倒しながら向かう。


 今度はAIファイター達が倒れることになり、AIバグファイター達は何もせず、悲鳴をあげてクチルの制裁を受けた。


「くっ…な、なぜ、俺たち…を…」


「殺すつもりなんてねえ。

 ただ人間を馬鹿にしたお前らが嫌いなだけだ。」


 景品は要らねえと戦意喪失したAIバグファイターの胸倉を放してつぶやくとクチルは主催者を呼び出した。



「おい!高みの見物なんてしてないで出てこいよ!

俺はてめえを許さねえ!」


 しかしクチルの声は一番聞いて欲しい人物には届かないようだった。



「無駄だ…本拠地はここじゃない。

 あくまでここは支部だ。」


「だったら一発だけでも主催者を殴らせろ。

 でないとお前にとどめを刺す。人間でも動物でも今のところ認定されてないAIファイターであるお前たちの始末は俺がつける。」


 その必要はないとAIバグファイターは景品をクチルへ手渡す。


「それを使えば好きな場所へいける。

 どこでもドアのようなアイテムだ。

 俺たちを蹴散らした礼だよ。

 使い方はボタン長押しで君たちに馴染みがあるAIが教えてくれる。困ったら使え。


 じゃあ…俺たちの痕跡は…ここで消させてもらう…。」


 景品を受け取った後は何もない山だけが広がった。


 そうか。

 こうやって奴らは姿を消して移動していたから警察にも捕まらなかったのか。


 こうして北海道圏での事件は終わる。


 しかしこれ以外にも中国地方で先輩が気になることを言っていたのをクチルは思い出していた。


 コロナ禍で活発化したAIオカルト団体。

 カルトプランダーもその一つか?

 連絡するのも面倒だったクチルは実験も兼ねて景品を使い、先輩の元へ向かう。

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