例え体格で上回れなくても

 AIファイター。

 もしそんなファイターがいたとしても自分達の仕事に支障はないかもしれない。



 本田愛宝ほんだめいほは二十歳になったばかり。

 元が中部圏内の田舎産まれだからか都市に移ってからが大変だった。

 同世代でプロファイターを続けている人間は今は多いものの、閉鎖的な都市でトレーナーもしている本田はほとんどスマホでのコミュニケーションで選手の友達とはやり取りをし、プロファイターとして鍛錬たんれんを積んでいる。


 そこで一件の通知が。

 本田はさらっとメッセージを見て、次に二度見した。


『人が液状化した。』


 え?どういうこと?

 相手は春日登かすがのぼる

 現役プロファイターだ。


 ムエタイとキックボクシングの両立をしている本田は違う地方の先輩である彼とは親しくはないが情報共有のためにやり取りはしていた。

 階級が違うからもう試合することはないからこそ連絡係として関係をきずき上げていたのに。



「シリアスな短文でここまで悩ませるなんて。ほんとあの人は相手を無自覚に怖がらす才能があるよ。」


 田舎時代には笑えないオカルト・ホラー話と人間の怖い話をよく体験した。

 タイの遠征時はまだ練習に集中出来るレベルの緊張感だったものの特有の怪異や人間による怖さは

 一長一短いっちょういったんだ。



 まさかプロ格闘家になって別の人間がそんな経験してるなんてさ!



 まあいい。

 夜遅くだが本田は気晴らしに何か食い物でも買いに行こうと街を出掛ける。


 海外からの働き手が多くてだんだん日本人が少なくなることを実感する。

 アラサーの世捨て人がよくインターネットで一喜一憂いっきいちゆうしてる様を見てると他人事ながら現実の辛さを実感するのと同時に安心する。

 勿論本田は内心、ああはなりたくないとは思ってるが。


「アッ!チョットソコノヒト!」


 やばっ。

 カタコトの日本語。

 まだまだ言語習得の格差はある。

 自分も海外で稽古つけてもらった方々にお礼を言うために海外の言語を勉強中だから親近感が湧くと同時に詐欺かもしれないので無視をしようと通り過ぎると、



「ヘルプミー!出たぁ!」



 急な大声におどろいて声のした方向へいくと路地裏にカタコトの女性の旦那か彼氏なのか、男の人がガタイのいい人間に腰を抜かして首を絞められそうになっていたのを本田は一瞬迷いながらも突撃した。



「ちっ!邪魔が入ったか。」


 ガタイのいい人間はそう捨て台詞を吐いた後にその場から消え去った。


 そう!

 文字通り消え去ったのだ!


「え?今度は俺がオカルト現象を体験するの?」


 するとさっきの女性が気絶した男の人を抱えて


「アンタオ腹減ッテル。

ワタシ、日本人好ミノ料理作レルヨ。」


 詐欺かなんかかもと疑いはそのままだが好意をむげに出来なかったし色々と聞きたいことがあったからか女性の方の申し出を受けた。




「コンビニ、ギュウドン、モイイケド。

小腹空イタラコレ!」


 料理が上手いのか夜食にしては重いラーメン、コールスロー、パフェを用意してくれた。


 普段格闘家なのとこの都市で過ごしているからか海外の方にそこまで偏見も抵抗もないけれど、いつ対戦カードで海外ファイターと敵対するか分からないからかピリッと全身緊張していた。


 この流れで毒を盛るのは分からない。

 しかしさっきの人間がなんらかのトリックを使ってグルになってる可能性もあった。


 しかしさっきの男性はまだ気絶してる。


「ココ。出ルンダヨ。


ヤタラガタイガヨクテ歩クヒトタチニコウゲキシテハ消エル輩ガ。」


 消えた人間は恐らく海外。

 しかし完璧な日本語と一般人に禁止されてる格闘技を深夜の路地裏とはいえ街中で使う危うさ。


 怪しい。

 今日は厄日やくびだ。

 心霊体験に超能力者出現。

 そして先輩のメッセージ。


「はあ…あれ?ここはってあんただれぇ!」


 やっと男性は起きてくれた。

 こっちのセリフだと親しければ言いたかったがそこを女性が代弁してくれた。


「コノヒト、私タチ見捨テナカッタ。アノ消エル誰カニ首シメラレソウニナッタメノスヲ我ガ身ヲカエリミズ助ケテクレタヨォ?

今ノ日本デソンナ若イヒトイナインダカラ。」


 そう言われて男性は落ち着きを取り戻し自己紹介してくれた。


「そうか。あの時のマッチョに突然裏路地に連れられてたっけ。


ありがとうございます。

ボクはメノス。メノス・ガンダーラ。


彼女はボクのパートナー…日本ではツマ?オクサン?って言うんだっけ。

ああでもポリコレとかで呼び名、ヨメはダメなんだっけ。


彼女の名前はクライン・ガンダーラ。」


「俺は本田愛宝ほんだめいほです。

コンプラが騒がれてますが礼儀なので。」


 それから消えた人間についてある程度聞くことが出来た。

 夜食には重いご馳走を平らげながら聞いた情報だと、


 二〇二〇年からメノス達の地区で暴行事件が発生。

 犯人は見られているのに防犯カメラには写らず、いつの間にか消えている。

 しかも警察が来る前に。


 最初は昼間か夕方に目撃情報があったものの少しずつ深夜に出没し、暴行事件が発生。


 頻度ひんどを少しずつ変えては人間を襲い、ほとぼりが冷めてからまた繰り返す。


 次第に周りはストレスによる影響かなんらかの見間違いと考え始めて事件にはならなかった。


 しかしこの二人は消えた犯人に仲間が被害を受けていたので捜査をしていたら今回の事件に遭遇そうぐうしたという。


「もうやめようと思ってボクは諦めてたんだけどね。結局腰が抜けてお兄さんに恥ずかしい所を見せたまま見逃してしまったよ。」


 この地区でそんな事件が起きていたとは。


 液状化人間に消失人間。

 そして二〇二〇年から。


 これは日本だけなのか?それとも世界でもあるのか?


 そしてあの人間は本当に目の前で消えたってことなのか?


「ふう。クラインさん。

美味しかったです。


メノスさんも一般人だから気に病むことはありませんよ。」


「ボクに関しては励ましになってないけど…まあいいや。

でもお兄さん凄いね。よくみたら身体しっかり鍛えられてる。

何かスポーツやってるんですか?」


 一番困る質問がきた。

 だが本田の返事は決まっている。


「趣味です。」


 プロファイターだとはあまり周囲に知られたくないので趣味でいつもゴリ押してる。

 それにさっきの消失人間はまぎれもなく格闘家だった。


 それなのになぜ認知されていない?

 やはり大型団体に参戦しないと意味がないのか。

 鎖国してる都市でそんな挑戦…と考えた本田はつい保守的な若者になりかけていることと二人を疑った相手に堂々と料理と情報をくれた相手に失礼をかけてばかりで面目めんぼくなかった。


 そして自宅へ戻る。



 あれから春日かすが先輩の連絡はない。

 謎が深まるばかり。

 インターネットを調べてもそれらしいニュースは見つかっていない。

 テレビをつけても。


 ディストピアここに極まれり、か。


 すると気になる情報を他のファイターから聞いた。


愛宝めいほ知ってる?流街灯りゅうがいとクチルがマナーの悪い移住者と乱闘騒ぎだって。冷静に攻撃出来る人間って同じファイターでも怖すぎるよ。

北海道もなんかあったのかな。』


 誰しもが清廉潔白せいれんけっぱくには生きられない。

 自分ももう二十歳。

 十代みたいにブラックボックスへ踏み出すには背負うものが大きすぎる。


 こうして誰にも言えず生きていくしかないけれど、ジムには仲間もいるしこうしてファイター間で連絡も取れる。

 その代わり一般人の友達からは遠い存在に思われることもあって苦労した。


 人間関係は判定もKOもない永遠に続く試合。

 もちろんリング外では競ってないつもりなんだけれど。


 ぼおっと考えながらスマホをいじっているとさっきのファイターからまた連絡がきた。


「まさか今北海道で話題の『クローンバトル移住者』と戦ってたり…するのかな、なんて。」


 はい出ました恐怖メッセージ!

 地獄だとか天国だとか幽霊も妖怪も存在しないし今も信じてないけれど消失人間に液状化人間、さらにクローンバトル移住者?

 なぜ自分を含めたファイターの周りでこんなことばっか起きるんだ!


 しばらく経ってから考えに考えを重ねて決めた。


「また二人に会いに行こう。」


消失人間は格闘家。

 表に出ていない存在。


 なら戦っても平気だ。

 ちゃんとした恩返しをしよう。

 ここは解決させないと面倒だと本田は判断し寝た。




「それであのマッチョを捕らえるつもりですか?」


 本田はメノスさんと共に消失人間を待ち伏せする。

 確か一定周期で人を襲いにメノスさん達居住区域にやってくるはず。

 しかも本田がきたとなっては相手も仕返しを考えてくる。

 消失人間をファイターと考えるのなら。


「しかしカメラに映らないからお兄さんとあの人の決定的瞬間を撮れないのはなんとも。」


 むしろ映らないならそれでよかった。

 拡散がされにくい。

 メノスさんには申し訳ないがする素性をあかせず戦える。


 だが中々現れない。

 朝過ぎ、昼過ぎ、夕方過ぎ。

 せっかくの有休が無駄にならないよう探しに探す。


「やはりここからは逃げたか。」


「そうかもしれません。ほとぼり冷めてからまた人を襲い出すんでしょうけど。」


 だからこそこれ以上暴れさせないようにしなくてはとメノスさん、クラインさんのことを思う。


 そして深夜帯。

 そういえば犯人は現場に戻ってくると聞いた。


「もう一度あの場所へ行きましょう。」


「ああ。

ボクの腰が抜けた場所か。

恥ずかしいなあ。」


 二人はもう一度あそこへ向かい、辺りを見回す。

 だが五分たってもいない。

 やはり現れるわけないか。

 それとも急ぎすぎか。


「嗅ぎ回ってるねえ。」


 危ない!と気配を察した本田はメノスさんを押し出し、攻撃を受け止める。


「あんたもこちらへの復讐を狙っていたか。」


 東洋と西洋のハーフっぽい顔にマッシブな身体。

 それでもよく観察しないと分からない体格の良さだ。

 そして彼のストレートを本田は右腕で防ぐ。



「お前やっぱ格闘家か。この地域じゃ少ないと聞いたから暴れてたのに。」


「ゼロじゃなかった。

それだけさ!」



 やっと姿を現した消失人間。

 また消えて後ろから本田の不意を突く。


「あんたは目立たない海外ファイターとして試合をしているのか?それとも野良か?」



「まだ見ぬ強豪さ。

もっとも喧嘩の方が好きだけどなあ!」


 現れては消えることを利用し、分身体をつくって多方面から攻撃してくる。

 その攻撃を本田は交わしてローキックにバックブローで応戦。


 ムエタイ技でなんとか押さえ込んだ方が良さそうな場面を消失することで反撃を許さない。


 消失のタイミングをつかんだと思って反撃すれば分身体でノーダメージ。


 一体いつ隙がある?

 いや、たしかメノスさんを助けた時に…。



「俺に攻撃が届くわけがない。悪いが死んでもらうぜ。

未来のファイターさんよ!」


 消失人間が一気に間合いを詰めたその瞬間を狙って本田はカーフキックをおみまいする。


「な…なぜ、ここが…!」


 消失人間の弱点。

 さっき右腕で消失人間の攻撃を防いだ時とメノスさんを最初に助けるため突撃した時。


 消失人間は攻撃時だけ実体化出来る。

 そして攻撃後の次の消失には三分のインターバルが必要。


 それでも攻撃を当てられるかはいちかばちかだった。


「日本人を…体格が違うからって馬鹿にするなよ!」


「はっ…本気の…一撃…よかったな。俺が…ただの人間じゃ、なく…て…」


 消失人間は一瞬だけ光ってから何も残さず自分達の前からいなくなった。


 また逃がしたのか?

 いや手応えはあった。

 だとすると本田は奴を手にかけたってことか。


 一人考えているとメノスさんがやってきてブラボーと言っている。


「強いよお兄さん!

 あんな蹴り技出来るなんて格闘技でもやってるの?まあそれはいいか。

しかしあの人って何者だったんだろう?

人間じゃ、なかったのかな。」


 そうとも言えるしそうじゃないとも言える。

 液状化人間ならぬ消失人間。


 本田の場合は光って消えた。

 これ以上考えても仕方ないか。


 メノスさん達に恩返しができた。

 それだけ。

 それだけなのだ。


 これでまた現れたとしても本田が戦えばいい。

 現れないのなら練習に集中出来る。


 でも色々と迷惑な話だ。

 本田はこの話をメノスさん達だけの間で終わらせるよう交渉するのだった。


 一方でまたメッセージが来ていた。


流街灯りゅうがいとクチルがなんかやるらしいよ。

 ジャンル不問のオカルトバトルって。

 多分おおやけに出来ない興行かもしれないけどどうする?』


 どうするって言われても。

 ここで本田は向こうでも謎のファイターによる被害があるのではと仮説を立てる。


「俺は何も出来ないけれどなんとか戦って解決してくれ。」


 身勝手なのは分かる。

 それでもこのじわじわと正体が分からない存在と戦う国内ファイターを遠くから本田は応援した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る