番外編:元聖女様は酒乱?①
「アンジェ様にお酒をお飲みいただこうと思うのですわ!」
「ダメです」
「なんでですの!?」
メリッサに自分の提案を一蹴され、シャルロットは困惑の声を上げた。
シャルロットが何故こんな伺いをメリッサに立てているのかと言えば、事の発端はアンジェとともに繰り出した初めての王都でのデート。そこで果実酒に興味を示したアンジェは、酒は一度呑んで以来メリッサから止められていると言っていた。シャルロットはそこに、まだ見ぬアンジェの新しい一面の可能性を見たのだ。
アンジェの表情であれば、笑顔も泣き顔も、怒り顔もさげすむような顔も等しく美しい。そんな表情の全てをこの目に焼き付け、完璧で究極の『アンジェ様表情集(心の中)』を作成することこそが自分の使命。ならば酔ったアンジェの表情もしかと見届けなければならない。
そこで禁止令を出した当人に許可を得ようと話を切り出した結果がこれである。
「貴女は酔ったアンジェ様を目の当たりにしたのでしょう? そんなの不公平ですわ! わたくしはアンジェ様の婚約者なのですから、わたくしにだって酔ったアンジェ様を鑑賞する権利があるはずでしてよ!」
ここぞとばかりに立場を利用するシャルロットを、メリッサはしばしいつも通りの鉄仮面ぶりで眺めていたのだが、不意に彼女の眉が微かに下がった。
「……私欲のためにお止めしているのではございません。私はむしろ、シャルロット殿下の身を案じております」
「わたくしの……?」
思わぬ一言に、シャルロットはその意図を推しはかるようにはん称する。
メリッサはこくり、と頷いて。
「シャルロット殿下には、少々刺激が強すぎるかと」
――刺激が強い……? ハッ、もしやアンジェ様、酔うといろいろな意味で開放的になられたりしますの? 例えばお酒の熱に耐えかねてお召し物を脱がれたり、そのお体を触らせようとしにきたり!? あるいはベッドに誘われる可能性も……!? ついにアンジェ様と一線を超える日が参りますの!? あぁでも酔った勢いで流されるのはアンジェ様に申し訳ない気もいたしますわねやはり最初はきちんと手順を踏んでいやでもあのアンジェ様が酒の勢いとはいえ自ら進んで誘ってこられたらわたくしに拒否なんてできるはずが――。
「シャルロット殿下がお考えのような不埒なお話ではございません」
「息をするように思考を読まないでくださる?」
「失礼ながら、お顔に全て出ております」
「どんな顔でして!?」
メリッサにツッコミつつ、小鳥の鳴き声で目を覚ますベッドの上の裸の二人まで幻視していたその妄想を振り払うように両手で自分の頬を軽くたたく。その音を合図にしたかのように、メリッサが再び口を開いた。
「まぁ、シャルロット殿下がお望みならばお停めしません」
「……意外ですわね。もっと頑なに拒否されるとばかり思ってましたが……良いんですの?」
「端的に申し上げれば、少々可愛いが過ぎるだけですので。ただ、翌日はお仕事を減らされておくことをお勧めいたします」
「なーんか引っかかるような言い方をしますわねぇ……? ……まぁ良いでしょう。では今晩にも、とっておきの果実酒をアンジェ様の下にお持ちしますわ」
どこか判然としない答えに違和感を覚えつつ、そんなやり取りを終えたのが今から半日ほど前のこと。
そして現在。
「えへへぇ……シャル様ぁ……♡」
シャルロットは赤ら顔のアンジェに思いっきり抱き着かれたうえにほおずりまでされ、身動きが取れなくなっていた。
「シャル様のほっぺ、すべすべで気持ちいい……♡ ずっとこうしてたいなぁ……♡」
それはシャルロットにとっても大変ありがたい話なのだが、いかんせん今の状況下ではどうしても困惑が勝ってしまう。
――いや、あの、え? まだ一杯目を半分も呑んでおられませんのよ? それでこの酩酊ぶりでして?
そう、目の前のテーブルに置かれたグラスにはまだ並々と果実酒が注がれており、ボトルの中身もほとんど減っていない。にも拘わらずアンジェはアルコールに頬を染め、とろんとした目つきでうっとりとシャルロットの頬を楽しんでいるのだ。
その表情は外見年齢十歳のアンジェに不釣り合いな大人の女性のそれであり、そのアンバランスな不揃いさが何ともいえない色気と背徳感を煽ってくるのだ。
何より。
「シャル様ぁ……♡ シャル様、柔らかくてあったかくてしゅきぃ……♡」
「きひゅっ……!?!?!?」
ほおずりを止めたアンジェがシャルロットの胸に顔を埋めながら放った必殺の刃がクリティカルヒットし、シャルロットが変な悲鳴を上げる。
もともとアンジェは恥ずかしがりやなのか、こんな風に甘えてくることも好意を素直に言葉にすることも稀だった。シャルロットのほうから抱きしめれば抱き返してくれるし、好きと伝えれば好きと返してくれるのでそこに不満があるわけではなかったが、アンジェのほうから来てくれたらと思わないかと言えば嘘になる。
だが、これはヤバイ。いろいろとヤバイ。初めての展開で心の準備ができていなかったことを差し引いても威力が高すぎる。アンジェが頭を預けてくる両胸が勝手に喜んでいるし、ろれつの回らない「しゅき」とか反則もいいところ。一周回って心の中で大絶叫すらかませない有様だ。
「シャル様のお髪、さらさらでしゅきー♡」
「はうっ!?」
「シャル様のお目目、きらきらしててしゅきー♡」
「かはっ!?」
「シャル様のおてて、優しくて強くてしゅきー♡」
「んにゅっ!?」
シャルロットの体のあちらこちらをぺたぺたと触りながらしゅきしゅき攻撃を繰り出すアンジェに、シャルロットは最早奇声を上げるだけの子供向けのおもちゃのようになっていた。
「シャル様、シャル様♡ しゅき、しゅきっ♡」
「おおおお待ちくださいアンジェ様、お気持ちは受け取りましたから少しわたくしに落ち着く時間を――」
「むー、ヤです! シャル様から離れません!」
膝の上で飛び跳ねていたかと思えば、拗ねたような宣言と同時にぎゅぅっと一層強く抱き着いてくる。体格差を想えば本来力づくで引きはがすことも可能だろうが、アンジェという枷をシャルロットがどうこうできるはずもない。
「うーん、どうしたらもっと、シャル様しゅきってつたえられるのかなぁ?」
「も、もう十分伝わってましてよ! ですからほら、いったんお席に戻られては――」
「全然、ぜーんぜん伝わってないれす!」
アンジェは引き続きの不機嫌モードで顔をぐいっと近づけてくる。紺碧の瞳がシャルロットを咎めるように細められており、シャルロットは直視できずについ目を逸らす。
と、次の瞬間、アンジェの瞳が妖しく輝いたように見えた。
「……そうだ! ちゅーしちゃえばいいんだ!」
「……はい?」
名案が浮かんだとばかりに顔を輝かせるアンジェに対して、シャルロットの脳はこの日何度目かの思考停止に陥った。
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