第90話:決着をつけます
「……もう、大丈夫です。シャル様のおかげで、私、勇気が出ました。……あとは私が、自分で、決着をつけます」
今まで、アンジェは流されるままに生きてきた。聖女の力を得たから求められるままに聖女として働き、シャルロットに助けられたからそのままクレマン王国を訪れた。
だが、それはもう終わりにしなければならない。自分の進む道は、自分で選べるようにならなければならない。アンジェがしたいように、生きたいように生きることを望んでくれた、シャルロットのためにも。
「……かしこまりました。お任せいたしますわ」
そんな決意が伝わったのだろうか。シャルロットはそう告げると、先ほどまで激高していたのとはまるで異なる穏やかな微笑みを湛えてアンジェの頭を撫でた。その心地よさに背中を押されるようにして、アンジェは一歩前へと進み出る。
常に他社を威圧するような強さを持ったロランスの瞳。でも今は、シャルロットにもらった勇気がある。アンジェはひるむことなく彼の瞳を見据え、口を開いた。
「……ロランス殿下。あなたはこの先、私を信じられますか?」
「信じる……?」
その問いを受けたロランスは困惑の表情を浮かべるも、すぐに表情を消して答える。
「当然だ。お前は正当な神託の下に選ばれた聖女、誰が疑うというのだ」
「そう、ですか」
アンジェはわかっていたとばかりに頷いて――寂しそうに微笑んだ。
「私はもう、あなたを信じることはできません」
「何……!?」
ロランスが驚きに目を見張る中、アンジェが続ける。
「クレマン王国で出会った人たちはみんな、私を一人の人間として見てくれました。『聖女』でも何でもない、ただのアンジェを。私が苦しいときは手を差し伸べてくれて、嬉しいときは一緒に喜んでくれました。……でも、ロランス殿下。あなたは一度でも、私自身を見てくれたことがありましたか? 手を差し伸べてくれましたか?」
「……っ」
ロランスから答えは返ってこない。当然だ。彼がアンジェという個人を最初から相手にしていないことなんて、アンジェ自身が良くわかっている。
「帝国の皆さんも同じです。誰も私を見ていなかった。ただの『聖女』としてしか扱わなかった。それでも役に立てるならって必死に頑張った私に、あなたたちは何を与えてくれましたか?」
アンジェの瞳が微かに潤む。
「私はもう、そんな人たちを信じることはできません。信じれない相手に何を施せますか? どう尽くせばいいんですか?」
「……帝国を見捨てるというのか」
「先に見捨てたのは、あなたたちです」
恨み言めいたロランスの一言に、アンジェは静かにかぶりを振る。
「ロランス殿下が、帝国の皆さんが苦しいのはわかります。……でも、私だって苦しかった。辛かった。それをわかろうともしないで、一方的に追放して、私のこと全部なかったことにしようとして……そうやって私のことを捨てたのは、他でもないロランス殿下、あなたです」
知らず、アンジェの頬を一筋の涙が伝った。
「私は
震える声で言い切ったアンジェの体が、アンジェの良く知る温もりに包まれる。見上げたシャルロットの微笑みがあたたかくて、アンジェの瞳からさらに涙が零れ落ちてしまった。
「よく頑張りましたわ、アンジェ様」
シャルロットはその涙を優しく指先で拭ってから、表情を引き締めてロランスに対峙する。
「……そういうことですわ。本人の意思に反して連れ帰るなど誘拐と同義、よもや国のトップにおられる方がそのようなことなさいませんわよね?」
「……それが、貴国の判断ということですか」
ロランスは女王に向けて問いかけ、女王もまた首肯した。
「最初から言っている通り、罪もない国民の行動を強制する権利を王国は有していないわ。アンジェは既に正当な手続きを踏んだ我が国の国民、国の宝。それを害そうというのなら、我々は全力をもって阻止して見せましょう。……もし貴国が聖女に頼らない体制構築を急ぐというのであれば我々も協力は惜しまないから、一つ考えてみて頂戴」
「……そうか」
――何故だ? ただすべてを元通りに戻すだけなのに、何故こいつらはこうも頑ななんだ?
最早交渉の余地もないと悟ったロランスの心に去来するのは、屈辱と焦りだ。聖女をモノにできなければ帝国は終わる。避けようのないその未来を前に、ロランスの中である選択肢が急速に浮上してくる。
ロランスは長い息をつき――まるで手負いの獣のような目つきで、王国側の一団をにらみつけた。
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『お題で執筆!! 短編創作フェス』の参加作品として以下を投稿しました。ぜひお読みください!
『爪先を狙われた隣の席の先輩は、不憫可愛い。』
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