第89話:直接対決

 ロランスら帝国の使節団がクレマン王国を来訪したのは、それから二週間後のことだった。


 王城内謁見の間で女王と王女三姉妹、それに王国の重臣らとアンジェが待ち構える中、王国側の騎士に先導された帝国側の使節団が入室する。その先頭に立つロランスは、女王が坐する玉座の斜め後ろに控えたアンジェを見ると、鋭く瞳を光らせた。


 その視線の冷たさにアンジェが微かに身を震わせ、その隣に立つシャルロットがそっと手を握る中、帝国との会談が幕を開けた。


「わざわざ遠いところをご苦労さま。お疲れではないかしら」


「この程度、両国の関係強化を想えば大したことはございません。こちらこそ、急な要請にも拘わらず会談の実施を快諾いただきありがとうございます」


 さすがに第一皇子といったところだろうか。旅の疲れをねぎらった女王に対し、ロランスは丁寧に頭を下げて応じる。しかしその顔には明らかに旅疲れとは異なる疲労が滲み、瞳の奥には何か強い感情が見え隠れしていた。


 会談はロランスが皇帝代理に就任した件の挨拶から始まり、事前の通達通り両国間に蔓延る魔物への対処にむけた協力体制の構築へと続いていく。そして、いくつかの議題にて担当者間で継続協議することを決めたところで、いよいよ本題が切り出された。


「……して、女王陛下。今の事態を解決するための唯一の手段を提案させていただいてよろしいでしょうか?」


 そう告げたロランスの眼差しが一瞬アンジェに向いたのを見て、女王は密かに警戒感を高める。


「唯一の手段、というと?」


「この度の事態は、恥ずかしながら我が国の教会が暴走し正当な聖女を追放するように仕組んだことに端を発しております。我々はその事実に気づき、既に関与した者の処罰等を進めているところです」


 ロランスは眉間にしわを寄せて続ける。


「彼らは『護国の結界』を模倣して見せるほどに偽装を徹底しておりました。ゆえに我々も騙されたわけですが……今は、そちらに控えるアンジェ・バールこそがっ正当な聖女であると正しく認識しております」


 ロランスの視線がまっすぐにアンジェを射抜く。アンジェは思わずたじろぐように身をすくめた。


「貴国が彼女を保護していたことは望外の喜びにございます。つきましては、そちらのアンジェ・バールを正しき場所――帝国へとお返しいただけますでしょうか」


「……人を物のように扱うのは、あまり褒められた振る舞いではないわね」


 女王は眉を顰める。


「アンジェはこのままクレマン王国で暮らしたいといってくれているわ。何の罪も犯していない人物を無理やり引き渡すなどできない、わかるでしょう?」


「通常であればそうでしょう。しかし、彼女は神託によってえらばれた正真正銘の聖女です。聖女には帝国を守る義務があります」


 ロランスの声に必死さが滲む。それは今の帝国を想う焦りと、拒絶されたことへの苛立ちから来るものに違いない。


「聖女はその力を以て帝国を豊かにするものを言うのです。その役割はここでは果たせない。魔物がはびこりつつある今の帝国を救えるのは、アンジェを置いて他におりません」


「その体制そのものが問題だと、私も折に触れて皇帝陛下に進言してきたのだけれどね」


「体制……? そんなもの、アンジェが帝国に戻れば関係のない話でしょう。そうやって無関係なことを持ち出してうやむやにするのは止めていただきたい」


 ロランスはやれやれといった様子で首を左右に振った。そうして一度瞑目し、深い呼吸を繰り返す。それはさながら、内心の焦りや苛立ちを必死に押さえ込もうとするかのようだった。


 そして、やがて目を開けた彼が発したのは、不自然なまでに冷静さを取り繕った低い声だった。


「何故、何故です? アンジェを引き渡し、あるべき場所でこれまで通りに力をふるわせればそれで済む話でしょう? そうすれば護国の結界も元通り、魔物の発生は大きく抑制されて従来通りの体制でも事足りる。 貴国への負担も減るではありませんか。何をためらうのです? それとも何か、貴国が『聖女の力』を独占しようとでもいうのですか? だったら我々にも考えが――」


 と、ロランスがあらぬ嫌疑をかけようとした、その時。


「お黙りなさいっ!」


 鋭い声が雷鳴のように轟き、まくし立てていたロランスが思わず言葉を飲み込む。声の主は、アンジェの隣で静かな防風を纏う第二王女――シャルロットであった。


「これまで通り……? 何をおっしゃってますの?」


 シャルロットは、最初の怒声が嘘のように落ち着いた声で問いかける。


「そもそも、貴国において聖女を扱う体制がいかに脆弱であったか、そしてその体制がどれだけアンジェ様に負担を強いてきたか――そこに向き合うことが先ではなくて?」


 しかしそんな冷静な指摘の裏で、噴火寸前の火山がごとく怒りのマグマがすぐそこまでせりあがってきているかのような、そんな迫力を確かに感じさせる眼差しがロランスを射抜いている。


「アンジェ様が貴国でどのような境遇にあったのか、知らないとは言わせませんわよ。『あるべき場所』などと簡単におっしゃいますけれど、アンジェ様にとってそれがどれほどの地獄だったか、貴方に理解できますの……!?」


 そして次の瞬間、彼女の怒りが沸点を超えた。


「アンジェ様はようやく我が国で平穏を得られましたのよ!? なのにまたあのような死地へ送り出せと!? そのようなこと、このわたくしが許しませんわ! ふざけるのも大概にしてくださいまし!」


「何だと……!?」


 口角泡を飛ばす勢いで声を張り上げるシャルロットにロランスはしばし呆然としていたが、やがてその発現を挑発とでも取ったのか切れ長の瞳を吊り上げる。


「ふざけているのは貴様らだろう! 俺はあるべきものをあるべきところへ返せと言っているだけだ! 境遇も何も、聖女なら行って当然のことに何を大げさに言っているんだ!? そうやって煙に巻く魂胆か!?」


「そのような考え方だから教会に騙されたのでしょう? うわべだけを見て本質を見ない、肩書だけでこうと決めつけてその裏を考えようともしない。その果てに勝手に追放しておいて今更戻ってこいなどと良く言えたものですわね!? 厚顔無恥とはロランス殿下、貴方のような人のためにある言葉ですわ!」


「貴様、言わせておけば……!」


 痛いところを突かれたとばかりにロランスが口ごもる。それでも怒りが収まらない様子のシャルロットがさらなる追撃を仕掛けようと口を開いた、直後。


「シャル様、待ってください」


 ぐいと腕を引かれ、シャルロットは出かかっていた言葉を呑みこむ。そちらへと視線を向ければ、アンジェが強い意志を宿した瞳でシャルロットを見上げていた。


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 あけましておめでとうございます!

 今年もどうぞにこなでをご贔屓に!

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