第88話:ちゃんと、決着を

「……そう、ですか。ロランス殿下が、私を……」


 シャルロットから話を聞き終えたアンジェは、小さくつぶやいて瞑目する。


 予感はあった。深刻な顔をして自分の部屋を訪れたシャルロットを見た時、何か良くないことが――帝国絡みのことが起こったのだろうと。そしてその予感は、この上なく悪い方向で当たってしまった。


「……念のためにお伺いしますわ。アンジェ様、帝国にお戻りになるつもりはございまして?」


 不安げに問いかけてくるシャルロットに、アンジェは首を振ってこたえる。


「いえ、それはないです。私はもう、今更帝国のことを愛せません。……それに、あの人たちが求めている『聖女の力』も、使えませんから」


 そう、彼らが求めているのはアンジェではない。その身に宿る『聖女の力』なのだ。自分を愛してくれる人々の下を離れてまで、彼らにとって無価値な今のアンジェが帝国に渡る必要もない。


 もし力が使える状態だったら――そんな考えを振り払うかのように、アンジェは今一度首を振ってから口を開く。


「もしかしたら、私はもう『聖女の力』を使えないってお伝えするのが手っ取り早いでしょうか」


「……難しいところですわね」


 シャルロットは眉間にしわを寄せて答える。


「素直にそれを信じていただければ良いのですが……何せ客観的な証拠を提示できる類のものではございませんので」


「……そう、ですよね」


 力が使える証拠であれば実際に発動して見せられるが、使えない証拠となるとこれが途端に難しい。呪文を唱えても発動しない様子を見せたところで、意図的に発動させていないだけだと言われればそれ以上どうすることもできないのだ。


「やはり、アンジェ様がご自身の意志をハッキリト示されるのが一番かと思いますわ。……ですがお母様もおっしゃったとおり、アンジェ様が辛い思いをしてまで出席される必要はございません」


 シャルロットは申し訳なさそうに眉を垂らす。


「このような形でお力をお借りしなければならないのは心苦しいのですが……アンジェ様のお気持ちを伺えますかしら?」


「私は……」


 アンジェは小さくつぶやき、手元へと目線を落とす。


 元々ロランスとの関係は良くなかった。初対面の時から何故か敵意のようなものを向けられ続け、アンジェがどれだけ彼との交流を図ろうとも、その態度は終ぞ改善することはなかった。


『平民のくせに、気安く話しかけるな!』


『お前なんて、その力がなかったら何にもできないくせに!』


『僕はお前なんかよりずっとずっと偉いんだぞ!』


 幼いころのロランスとは顔を合わせればこんな調子であり、罵声を浴びせられ続けたアンジェはいつしか、無意識に彼を恐れるようになっていた。


 極めつけは、あの夜会である。


『黙れ、この偽聖女が!』


 断罪劇の場で叩きつけられた憎悪に満ちた怒声が脳裏に蘇り、アンジェの肌が粟立つ。


 それまで以上に全く話にならない彼の姿は、アンジェの心に恐怖を刻み込むには十分すぎた。出来ることならもう、二度と顔を合わせたくないほどに。


 ……だが。


「……出席、します」


 体の震えを堪えるかのように目一杯こぶしを握り締めて、アンジェはそう答えた。


 今でもロランスのことは怖い。それでもこれは、アンジェの全てを否定した彼と直接退治できる、唯一無二の機会なのだ。『聖女の力』が封印されるに至るきっかけを作った彼から逃げていては、きっと自分は前に進めない。アンジェにはそう思えて仕方がないのである。


「……よろしいんですの? 本当に、無理する必要はございませんのよ?」


「はい。大丈夫、です」


 シャルロットが気づかわし気に問いかけるが、アンジェの答えは変わらない。


「正直、怖いですけど……シャル様が、皆さんが私のために頑張ってくれてるのに、私一人だけ裏でじっとしてるなんてできません。……それに」


 なおも不安げなシャルロットの瞳をまっすぐ見つめて、アンジェは続ける。


「これは、私がちゃんと決着をつけないといけない問題だと思うんです。いつか向き合わないといけないんだったら、きっとそれが今なんです。……だからお願いします、会談に参加させてください」


 その一言と同時に、アンジェは頭を下げる。そのまま数秒、十数秒と無言の時間が続き。


「……かしこまりましたわ」


 シャルロットの声に頭を上げれば、彼女は困ったような微笑みを浮かべていて。


「アンジェ様ならそうおっしゃると思っておりましたわ。だからこそ、少しでも楽な道をお選びいただきたかったのですけれど」


 ため息交じりに苦笑を吐き出して、シャルロットは居住まいを正す。


「アンジェ様に悔いが残らないよう、全力でお支えいたしますわ。アンジェ様はお一人ではありません、わたくしもお母様も、お姉様もシルヴィもおります。何があっても、アンジェ様の意志に背くようなことはさせません。……ですからどうぞ、アンジェ様の思うままにふるまわれてくださいませ」


 そういってアンジェの手に重ねられた彼女の手はどこまでもあたたかく、力強さに満ちていた。この温もりがあれば何があっても大丈夫、そう思えるほどに。


「……はい。頼りにしてます、シャル様」


「えぇ。お任せあれ」


 ふわりと花が咲くように微笑んだ彼女に、アンジェもようやく微笑みで返すことができたのだった。


===


 というところで、2024年の更新はこれが最後となります。

 今作の公開が今年の5月31日。その時にはよもやここまで多くの方にお読みいただけるとは思っても見ませんでしたし、当初目標としていた10万文字を軽々と超えるまで書き続けられるとも思っておらず、驚きづくめの一年でした。

 これも継続してお読みいただいている皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


 アンジェ達の物語は、今一つの転換点に差し掛かりつつあります。まずは本章、ロランスとの直接対決まで、ぜひ見届けてあげてください。1月6日までの連続投稿期間内に一つの決着を迎える見込みです。


 改めまして、本年はお世話になりました! 皆様どうぞ、良いお年をお迎えください!


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