第87話:露見
「――ドゥラッドル帝国から、会談の申し出……でして?」
王女三姉妹が集められた、クレマン王国王城、女王の執務室。そこで女王から告げられた思わぬ言葉に、シャルロットは怪訝そうに眉を顰める。
シャルロットがアンジェと夜の中庭で抱き合ったあの日から二週間ほどが経ち、アンジェもだいぶ落ち着きを取り戻してきたある日のことである。
女王は問い返してきたシャルロットに重々しく頷く。
「えぇ。名目は皇帝に代わり政務を代行しているロランス皇子による挨拶と、国内外に蔓延りつつある魔物への対処の協力要請」
一度そこで言葉を区切った女王は、大きく息を吸い込むと苦々し気に吐き出した。
「……そして、『貴国にて保護している真の聖女・アンジェの返還について』、だそうよ」
瞬間、場の空気が凍り付いた。
「何故……何故です? 」
最初に口を開いたのはセリーヌだった。
「アンジェちゃんの居所は完全に秘匿していました。嗅ぎまわっている帝国のものと思われる不審者も近頃は姿を消しておりましたし、そもそも帝都までたどり着いていません。なのにどうして、アンジェちゃんが
珍しくセリーヌの声が震えている。それだけ帝国が直接的にアンジェについて言及してきたことが衝撃的だったのだ。
事実、アンジェの存在は王城外には全く知らされていないし、王城の職員や兵士であってもアンジェの正体を知る者はほんの一握りの重臣に限られている。国境近くの村々から不審な人物の情報が上がってきてからは王都の中の動きにもより目を配っていたし、不審な動きなど全く見えなかった。にもかかわらず、あまりにも唐突に核心を突いてきた帝国の動きは、まさに青天の霹靂だった。
それは女王と手同じことで、難しい顔をして呟く。
「詳細は不明よ。調べさせてはいるけれど……アンジェには外出も認めていたから、調査には時間がかかるわね」
とはいえ、銀髪碧眼で十歳くらいの少女を王都で見かけたところで、それ即ち隣国の元聖女だとすぐにつなげられるようなものが果たして存在するのだろうか? そう考えたところで、シャルロットの脳裏に根本的な疑問が浮かぶ。
「……そもそも、何故彼らは公式にアンジェ様の返還を求めてこられたのでして? あちらには今もまだ神託に認められた聖女がいるはず、あのロランス殿下がお一人でそれを偽物だと見破れるとは到底思えないのですが。……それとも、まだ裏で何かが……?」
そう、クレマン王国上層部では既に偽物と断じられているが、ドゥラッドル帝国には『救国の聖女』が存在するはずなのである。こうして返還を求めてきたということはつまり、神託が最重要視される帝国にあってそれを偽りだと看破した何者かがいたということになるのだが、シャルロットが思い浮かべた彼の国の第一皇子がそれを為せるとは到底思えない。
しかしながら、女王もさすがに情報を持ってはいないようで頭を振る。
「これも、詳細は不明ね。書状によれば『教会の一派が企てた愚行によって誤って追放した真の聖女を丁重に迎え入れたい』ということだから、神託が偽物でアンジェこそが真の聖女であるという確信は持っているようだけれど」
「……いまさら何言ってるの」
ここまで黙って話を聞いていたシルヴィが口をはさむ。淡々とした口調に反して、その瞳は珍しく怒りの炎に燃え滾っていた。
「アン姉様のこと何にもわかってないからそうなるんでしょ。あんなに優しいアン姉様が悪い人なわけないじゃん。あの人たち絶対またアン姉様に酷いことするよ。シル、そんなの絶対にやだ。アン姉様が苦しいの何て見たくない。ねぇ、何とかできないの? そんなの断っちゃえばいいんじゃないの?」
「シルヴィちゃん、落ち着いて」
次第に声を震わせ、大きな瞳に涙を浮かべるシルヴィを、セリーヌがそっと抱き寄せる。
「大丈夫、アンジェちゃんに酷いことなんてさせませんよ。私もシャルちゃんもいますから」
「……うん」
シルヴィはまだ不安げではあるが、ひとまずは背中を撫でるセリーヌにぎゅっと抱き着いて言葉を飲み込んだようだ。
「……とはいえここまで直接的に言及されれば、知らぬ存ぜぬというわけにはいかないわね」
女王は悩まし気に眉間にしわを寄せる。
「会談には私が直接出席するわ。セリーヌ、シャルロット、シルヴィ、あなたたちもお願いね。……そして可能ならば、アンジェにも直接出席してほしい」
「なっ……!?」
シャルロットは思わず目を見開く。
「本気でおっしゃってますの……!? 相手はロランス皇子、直接アンジェ様に追放を言い渡したお方でしてよ!? アンジェ様の心の傷を想えば、直接対面させるなど――」
「わかっているわ。あくまでも本人が良しとすればの話よ」
つい熱くなってまくし立てるシャルロットを制し、女王が苦虫をかみつぶしたような表情で続ける。
「恐らく、帝国側は相当な覚悟を持ってこの会談に臨んでくるわ。いくら我々が言を尽くしたところで、そう簡単に諦めてはくれないでしょう。……それどころか、『我々がアンジェを強制的に監禁し、帝国の混乱を助長している』と恣意的な非難を加えて攻め入ってくる可能性すらあるのよ」
ありえない、と一蹴できればどれほどよかっただろうか。しかし伝え聞く帝国の現状を鑑みると、女王の言葉が荒唐無稽なものとは思えないのである。
「でも、アンジェ本人が自らの口で拒否を示せば話は変わってくる。我々としてもその意志を持って帝国の要求を拒絶しやすい。……だから、アンジェには直接会談に参加してほしいの」
女王は苦しい胸の内を吐き出すかのように長く細い息をついて、シャルロットに向き直る。
「……繰り返すけれど、これはあくまでもアンジェの意志が最優先よ。彼女が少しでも嫌だと思うのなら拒否してくれて構わないし、その時は私が何とかするわ。そのうえで、これ以上ない帝国への一手を打てるこの好機に、手を貸してほしい。……そう、アンジェに伝えてもらえるかしら」
その顔は、女王というよりも、娘のことを案じる母親のように悩ましく、それでいて強く見えて。
「……承りましたわ」
シャルロットもまた苦い思いを飲み込んで、女王の提案を請け負うのだった。
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公式規格『お題で執筆!! 短編創作フェス』に2作品目を投稿しました!
今回のテーマは『雪』で、作者の過去作『隣の席の先輩は、不憫可愛い。』からのスピンオフ的な作品になります。
お時間ありましたら是非お読みいただけると嬉しいです!
『隣の席の先輩は、雪の日も不憫可愛い。』
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