第84話:疑いの目

「神殿長様。ロランス殿下がお見えです」


 帝都中央区画に位置する大神殿、その最奥の神殿長室に駆け込んできた側近の言葉に、神殿長はわずかに眉をひそめた。


「何……?」


 ――あの皇子が私に? 何の用だ?


 ロランスが神殿を訪れる時というのは、十中八九アレクシア目当てだ。仮に神殿長に用事があったとしてもその時は自分が召喚されるのが常であり、このように彼が押し掛けてきたことなど前例がない。


「……すぐにお通ししなさい」


 ただならぬ気配を感じ取った神殿長は側近に短く命じ、手にしていた書類を手早く片付けると、応接用のソファに座りなおして客人の到着を待つ。ほどなくして現れたロランスは、いつもの傍若無人な振る舞いが嘘のような無表情ぶりで、対面のソファにどっかりと腰かけた。


「……して、ご用件は?」


 巫女が運んできた紅茶に口をつけるでもなく、ただ己の手元に視線を落としているロランスにどこか不気味なものを感じつつ、神殿長は表向きにこやかに問いかける。


 ロランスはしばし黙り込んだままだったが、やがてゆっくりと顔を上げると。


「……あの神託は、正しかったのか?」


 瞳に強い力を込めて、思いもよらない一言を発した。


「……あの神託、と申しますと」


「言わずともわかるのではないか?」


 様子見とばかりに放った言葉を、ロランスは一刀のもとに切って捨てる。


「心当たりがあるだろう。それについてだ」


「いやはや、何のお戯れですかな? 神託に正しいも誤りもございません。……唯一、あの偽聖女によりゆがめられた神託を除いて、ですが」


 神殿長が付け加えた一言に、ロランスの眉が微かに跳ねたのを見て、やはりその件かと神殿長は悟る。


 そして同時に、彼が皇族に――いや、正確にはひた隠しにしてきた秘密に、そのロランスが気づきつつあるということを理解した。


 その瞬間、彼の胸中に去来するのは途方もない危機感である。万が一にでも神託を疑われ、偽の神託を出したことがロランスや皇帝にバレようものなら、『聖女の力』の研究どころではない。貼り付けた微笑みがわずかにひきつる。


「よもや、あの偽聖女アンジェが歪めた神託こそが正しかったのではないかとお疑いですかな? はたまた、そのアンジェを偽聖女とした神託が誤りであったと? ……ありえませんな。我々の儀式は正しく執り行われておりますゆえに――」


「神託の儀式は」


 知らず知らずのうちに早口にまくしたてる神殿長を遮って、ロランスが口をはさむ。その表情からは感情が読み取りづらく、彼が何を考えているのかがわからない。


「十一名で行われるのだったな。神官九名に、皇族二名」


「……左様でございますが、それが何か」


 質問の意図を図りかねて、神殿長が問い直す。すると、ロランスは一つ長い息をついて。


「……アンジェを偽聖女とした神託に、その場にいた者のうち何者かが違和感を覚えたと聞いたら、お前はどうする」


 神殿長は思わず目を見開いた。あまりの衝撃に思考がまとまらず、言葉が出てこない。


「……あ、ありえません、そのようなことは」


 数秒間の硬直ののち、震える声でどうにか絞り出すことができたのは、そんな一言だった。


「何か、証拠は出せるか」


 抑揚のない声で淡々と問うロランスが、今はただ恐ろしい。表情がないはずなのに、その切れ長の目だけがまるで捕食者のように光って見えるのは気のせいだろうか。


「しょ、証拠と申されましても……衆人環視の場で行ったという事実が何よりの証拠にございます」


「では、俺が耳にした証言はなんとする」


「……何かの誤りでしょう。体調が悪かったり、普段と異なる何かがあったのではないですかな? ……少なくとも私は、あの場において違和感を覚えたという話は今伺ったもの以外に聞いておりません」


 苦しい言い訳だ。しかし認めるわけにはいかない。今神殿長が賭しているのは、おのれの命そのものなのだから。


 試すような瞳から目をそらしてしまいそうになるのをどうにか堪えること、十数秒。


「――わかった」


 永遠にも思えるようなその時間は、ロランスがその一言とともに立ち上がったことで終わりを告げた。


「この場ではお前の言葉を信じよう。しかし、もし俺に虚言を吐いていたとしたら極刑は免れぬと思え。良いな?」


 神殿長の答えを待たずして、ロランスは大股で執務室を後にした。


 あとに残された神殿長は、まるで街道を全力疾走したかのように滝のような汗を流し、浅い呼吸を繰り返していた。


 ――何故だ? 何故あの皇子がここまでたどり着いた? 隠ぺいは徹底していたというのに……?


 ロランスは学業においては優秀な成績を修めているものの、少々傲慢で短慮が過ぎるところがある。そんな彼だからこそあの断罪劇の引き金を引かせられたわけで、その裏で動く自分たちのことになど到底到達できないはずなのに。


 そもそも、神託に疑念を持つということ自体がこの国においてはあり得ないことなのだ。にもかかわらず、ロランスは「神託に違和感を持った」とする何者かの証言を真実だと確信しているようで。


 ――待てよ……? 神託の儀式に参加できて、皇子に近しい人物……?


 神殿長は一つの仮説に行きつき、しかし首を横に振る。


 ――あの方は我々の協力者。よもやあの方が裏切るなどということがあり得るはずがないだろう。……そんなことより、こうなると急がねばならんな。


 ことここに至っては、誰が裏切ったとかそういうことはどうでも良い。こうなった以上、神殿長をはじめとした一派に残された道は、ロランスが真実にたどり着くより先に強大な武力を備えることだけだ。


 そして、国内に『聖女の力』の保有者が存在しなくなってから半年近くたつにもかかわらず、新たな聖女を示す神託が降りないということは、今この世界で唯一その力を保有しているアンジェをなんとしてでも手中に収めなければならないのだ。


 ――捜索を急がせなければ、このままでは計画はおろか我々の命まで……! くっ、一体どこに隠れ潜んでいるというのだ、あの女は……!?


 苛立たし気な舌打ちを響かせつつ、神殿長は側近らを招集し今後の策を練るのだった。


===


 ここでお知らせなのですが、次回更新の12/28から1/6まで毎日投稿予定です!


 年末年始の休暇に入られる方も多いかと思います、帰省や旅行の移動中、はたまた持て余した時間などのお供に、にこなでをよろしくどうぞ!


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 さらにさらに、カクヨムコン10短編部門に2作品ほどエントリーしたのでそちらもちょこっと宣伝させてください!


 1つ目は『私、そんな魔法教えてないけど!? ~凡才師匠と天才弟子の穏やか? な魔法生活~』です。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090692144700

 一言でいうなら、無自覚天才天然弟子が凡庸な魔法使いである師匠をジャイアントスイングするような作品ですね。ほのぼのほっこり、ちょっとくすっとしていただけるような作品に仕上がったと思います。

 自分でも気に入ったシチュエーション活キャラクターなので、カクヨムコン10が終わったらエピソードを増やして長編にするのもアリかもしれませんね。


 2つ目は『小さな部隊のその先で』。こちらは『お題で執筆!! 短編創作フェス』という企画に参加したものになってます。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090712688652

 こちらは毎週発表されるお題に沿った短編を募集する企画になってまして、第1回の今回は『試験』がテーマでした。

 あらすじとしては、シンガーソングライターを志す少女が自分のこれからを左右する試験に挑むが果たして……? という感じです。

 3000文字程度なので5分もあれば読めるくらいのお手軽な短編です。こちらもお読みいただけると嬉しいです!


 にこなでの連続更新が始まるまでの間にサクッと読めるボリュームだと思います。

 隙間時間のお供に、私の作品をよろしくどうぞ!


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