第79話:本当の偽聖女
「え? えっと、それは……その……」
アンジェは言葉に詰まる。
聞きたいことといえば、もちろんこれまでにアンジェが集めた情報の真相だ。特に『帝国が自分を探している』という話が真実であるとするなら、それはせっかく手にした穏やかな生活を大きく揺るがしかねない一大事である。
しかし、帝国にまつわるあれこれは表向きにはアンジェに知らされていないことになっている。それなのに勝手に首を突っ込んでしまったことへのうしろめたさと罪悪感が、アンジェの口を重くしているのだ。
思わずセリーヌから目を逸らし、どうしたものかと頭を悩ませていると。
「……『帝国のこと』、ですね?」
図星を突かれ、アンジェはハッとしてセリーヌを見やる。
「ど、どうして」
「アンジェちゃんがそんなに不安そうな顔をする理由なんて、それくらいしか思い浮かびませんから」
困ったように微笑むセリーヌを前に、アンジェはようやく自分がひどい顔をしていることに気づいた。同時に、表情に気を配る余裕もないほどに動揺している自分にも。
――このまま隠してたら、私、不安でつぶれちゃうかもしれない。
そう素直に思えた時、アンジェの唇は無意識に動いていた。
「……ごめんなさい。セリーヌ様や皆様が気を使ってくださってるのはわかってたんですけど、この間偶然、
語るのはここしばらくの自分の動きとそこで得られた帝国の情報、そして自分が狙われている可能性について。時折謝罪も交えながら続いた話を、セリーヌは頷きながら穏やかに聞いている。
やがてアンジェが一通り話し終えると、ふぅっと長い息をついた。
「……ごめんなさい、アンジェちゃん。そんなに不安にさせるくらいなら、最初から全部お話していれば良かったですね」
セリーヌはそういってアンジェの頭を一撫でしてから話を続ける。
「アンジェちゃんが集めた情報はおおむね合っています。ドゥラッドル帝国では皇帝陛下が病に伏し、現在ロランス皇子を中心とした皇族で国家を運営しているようです」
アンジェの脳裏に、かつて婚約者だった男の顔が浮かぶ。血や身分を尊び自分こそが選ばれたものだとする思想や傲慢さは全く相いれられなかったが、それでも次期皇位継承者として数々の学問を修めた彼は、決してふんぞり返っているだけの無能な人物ではないはずだった。……それでもあの夜の断罪劇は、納得のいくものではないが。
「それから、『護国の結界』再展開後も魔物の数が減っていないというのも事実です。我がクレマン王国では部隊を再編し魔物の掃討を行っているのでほぼ影響はありませんが、帝国側でどのような状況にあるかまでは不明ですね。……ただ、国境付近から観測できる範囲では、練度の低い兵士が目立つというような報告も受けています」
つまり、訓練不足の新人や徴兵したての一般人ですら最前線に送らざるを得ないほどに、帝国軍は人手不足ということだ。
――それって、相当マズいんじゃ……?
軍事にそれほど明るくないアンジェから見ても、明らかな苦境に眉をひそめる。だがそれよりも、アンジェには気にかかっていることがあった。
「……そもそも魔物の発生数が減っていない理由って、何かわかってるんですか?」
『護国の結界』は外敵の侵入や攻撃の一切を阻むと同時に、結界内部に巡る魔力を浄化することで魔物の発生を抑制する効果がある。にもかかわらず今の有様になっているということが、アンジェはこの噂を初めて耳にした時からずっと引っかかっていた。
そしてその疑問に対する答えは、アンジェにとって予想だにしない形で提示された。
「……私たちは、あの『護国の結界』を偽物だと踏んでいます」
「……え?」
一瞬、何かの聞き間違いかと思った。しかし、続く言葉でそれが聞き間違いでもなんでもないと知る。
「そして、あの新しい聖女こそが本当の『偽聖女』であり、教会と結託してアンジェちゃんを陥れた、そう考えています」
苦々しい表情を浮かべるセリーヌが聞かせたのは、帝国デ開かれた聖女就任式典におけるセリーヌとシルヴィの真の役目、アンジェ絡みで不穏な動きを見せる帝国側の内情調査とその結果についてだ。
神殿長との対談で例の断罪劇に彼が一枚かんでいることを確信したこと、また彼らがアンジェを探しているらしいこともつかんだこと。――そして。
「シルヴィちゃんが言うには、新しい聖女からは聖属性魔法の適性を感じなかったと。加えて、彼女が聖属性魔法への適性を偽装する魔道具を身に着けていることも看破してくれました」
「……それって」
目を丸くするアンジェに、セリーヌは頷いて続ける。
「偽装しなければならない、この事実だけで充分です。彼女は『聖女の力』を持っていない。そして魔法適性を偽装するなんて特殊過ぎる魔道具、いくら公爵家の令嬢であっても準備するのは不可能。聖属性魔法の熟練者……例えばそう、教会の高位の聖職者が協力でもしていなければ」
その時ふと、アンジェに過去の記憶がよみがえった。
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