第74話:通りすがりの聖龍じゃ!
アンジェたちが元の砂浜に戻ると、そこではルシールたちが新たな遊びに興じていた。
「ルシールちゃん、もっと右! 右ですよ!」
「こ、こっちですか~?」
「ルシ姉様逆ー」
「えぇっ? こ、こっち~?」
布で目隠しをしたルシールが、木の棒を構えふらふらとした足取りで砂浜を歩いている。その少し先には緑と黒の縞模様が描かれた大きな果実が置かれており、どうやらルシールはセリーヌやシルヴィの指示でそれに向かって行っているようだった。
と、アンジェがそんな様子を眺めていると。
「おかえりなさいませ、アンジェ様」
いつの間に近づいてきていたのか、メリッサがすぐそばで一礼していた。身にまとっているのは普段のメイド服ではなく、黒を基調としたシンプルなワンピースタイプの水着である。体にぴったりとフィットし、見た目よりも動きやすさを重視したデザインで、装飾はほとんどない。部分的に入ったグレーの切り替えが、そのスレンダーで美しいボディラインを際立たせている。
当初はあくまでも侍従だからと水着の用意自体を固辞していたメリッサにとって、このデザインがぎりぎりの妥協点だったのだろう。だが、そのシンプルさがむしろメリッサの飾らない美しさをより引き立てていると言える。
……ちなみに、アンジェが以前自分に紐水着を勧めてきた彼女への意趣返しとして同じデザインの水着を勧め返した際には、「アンジェ様がおっしゃるならば」とあっさり応じられてしまって慌てて止めたものである。
「あ、はい。すみません、ちょっと離れてしまって」
「いえ、シャルロット殿下が御傍にいらっしゃればそれ以上の護衛はございませんので」
「メリッサ、貴女時々わたくしへの態度がおかしくありませんこと?」
アンジェの隣で呆れたように笑うシャルロットに、メリッサがほんのわずかに口角を上げて。
「……ところでアンジェ様、そちらの子供は何者でしょうか」
スッと表情を仕事中のものに戻し、シャルロットの反対側に立っている紫色の髪の少女へと視線を向けた。
警戒心に満ちた険しいまなざしを一身に受けて、しかし少女――ノクシアは当然全くひるまない。むしろこれでもかとばかりに胸を張って答える。
「妾はノクシア。縁あって
「……は?」
メリッサが珍しく目を丸くして固まった。無理もない、かつて帝国の教会で高位の巫女であったメリッサからすれば、『聖龍』がどのような存在であるのかなどこれ以上ないほどにわかり切っていることなのだから。
錆びた人形のようにぎこちない動きでアンジェを見たメリッサに、アンジェは苦笑とともに頷いた。
「はい。本物の聖龍様みたいです」
「何じゃその他人行儀な呼び方は? ノクシアと呼べノクシアと」
「え、えっと……わかりました、ノクシア様」
「様もいらん。お主は『あ奴』に気に入られとる上に、妾に上質な魔力を分け与えてくれた恩人なのじゃからな」
「ぅえ? えっと、じゃ、じゃあ……ノクシア……?」
「うむ」
戸惑いながらも名前で呼んでみたアンジェに、ノクシアは大変満足げに頷いた。心なしか、長髪からあふれる光の粒子も一層輝きを増しているように見える。
そんな二人のやりとりを茫然と眺めていたメリッサは、やがて諸々の出来事を飲み込んだのかノクシアに向かって跪いた。
「失礼をいたしました。私はメリッサ、アンジェ様にお仕えする侍女にございます。以後お見知りおきくださいませ」
「む? 失礼などあったか? 近頃の
「そ、そうですか」
かつて教会に所属していたがゆえだろう、聖龍の容赦のない物言いにメリッサの頬がかすかにひきつっている。メリッサはもとより信心深い方であったために後ろめたいことはないのだが、そうではない者が教会内にもそれなりに存在したことを知っているがための反応だ。
そんなメリッサの貴重な表情を拝んでいると、アンジェたちに気が付いた他の面々も駆け寄ってきた。
「あら、おかえりなさいアンジェちゃん、シャルちゃん。……と、その子はどなたでしょうか?」
「……シル、覚えてる。こないだビューンって飛んでったアレでしょ」
「こないだ? ……っ!?」
シルヴィの発言からややあって、セリーヌは『こないだ』が意味する出来事を思い出す。
シルヴィとともに参列した、ドゥラッドル帝国の聖女就任式典。『救国の聖女』が倒れ、同時に『聖龍の宝玉』から飛び去った何かをシルヴィが感じ取った一件。
――まさか、あの時飛んで行ったという聖龍がこんなところに……!? おかしい、国群からはそんな報告なんて一度も……いや、それより今は、シルヴィちゃんたちを守らないと……!
反射的に一歩踏み出し、シルヴィをかばうように構えた、その瞬間。
「ほう、その口ぶりだと妾が飛び去ったあの場におったということじゃな? 並の魔法使いでは妾の存在にすら気づけんというのに、素晴らしい感知適性を持っておるのぉ!」
「ふふん、シルすごいでしょ。……ね、このキラキラ光ってるの何? 触っていい?」
「わはは、なかなか遠慮がないなお主! 面白い、思う存分触るがよいぞ!」
「……あれ、私、いらなかった……?」
なんかものすごい勢いで仲良くなり始めた二人の少女の姿を前にして、セリーヌは拍子抜けしたようにつぶやくのだった。
その一方。
「あのー!? セリーヌ様!? シルヴィちゃん!? 次はどっち行ったらいいのー!? ……え? 誰もいない? ……ちょっ、誰か応えてえええええええええ!!!」
周囲から人のいなくなった砂浜に、一人取り残されたルシールの悲しい声が響き渡った。
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