第68話:ふぁいやー
ハチャメチャに息を荒らげた
「んー……いいお天気ですねぇ」
そのまぶしさに目を細めるアンジェが、輝く水面を眺めてどこか楽しげにつぶやく。
「えぇ、ちょっと良すぎるくらいですわね。アンジェ様、はしゃぎすぎて体調を崩さないようにお気を付けくださいまし」
「もう、子供じゃないんですからわかってますよっ」
ちょっぴりむっとしたように頬を膨らませるアンジェを、シャルロットはほほえまし気に見つめている。絡めた指をほどこうとしないあたり、アンジェが本気で気分を害しているわけではないことがわかっているための余裕の対応だ。
と、そこへ。
「あっ、シャル様にアンジェちゃん遅いですよ!」
二人の姿にいち早く気づいたルシールがこちらに向かって大きく手を振った。その体は既にそれなりの水を浴びた形跡があり、右手には水鉄砲が握られている。
そして、その背後から。
「隙ありー」
「ひゃっ!?」
同じ水鉄砲を握ったシルヴィが無防備な背中を狙い撃ち、ルシールが小さく悲鳴を上げた。
「ふ、不意打ちだなんて卑怯な! お返しだよシルヴィちゃん!」
「わー、アン姉様助けてー」
シルヴィに対して向き直ったルシールが水鉄砲を射かけるが、思いのほか俊敏な動きを見せるシルヴィはそのことごとくを回避していく。そしてそのままの勢いでアンジェのほうへと駆け寄ると、ルシールとの間にアンジェを挟み込む形でその影に身を隠した。
「むむっ、アンジェちゃんはシルヴィちゃんの味方するんだね? なら容赦しないよー!」
「え、ちょっ、ま――」
シルヴィを追いかけてきたルシールにまっすぐ銃口を向けられたアンジェが制止をかけるが、当然それで止まるはずもなく。
「くらえー! うりゃー!」
「ぎゃぁぁっ!?」
威勢の良い掛け声と同時に引き金が引かれ、一応魔道具でもあるためか見た目よりも強く多い水流が銃口から迸る。それを躱せるような反射神経を持ち合わせているはずもなく、アンジェは上半身に思いっきり水を被ってしまった。
「ちょ、ちょっとルシールちゃん、いきなりはひどくないですか!?」
「ふっふっふー、戦いにひどいも何もないんだよ!」
とっさに顔をかばった腕やカバーしきれなかった銀髪から水滴を滴らせるアンジェが唇を尖らせる一方、ルシールは先ほどシルヴィから不意打ちを受けた時の自分の発言などなかったかのように得意げに胸を張っている。
そんな隙を見せていれば、当然アンジェの陰に隠れている狙撃手のいい的となってしまうわけで。
「アン姉様の
「うひゃあっ!?」
剥き出しのお腹目がけて放たれたシルヴィの第二射が見事に着弾し、またしても甲高い声を上げさせられる。
「もう、ホントシルヴィちゃん狙うのもかわすのも上手すぎない!? せめて一発くらいは当ててやるー!」
と、いささか大人げなくムキになっているらしいルシールが戦意をみなぎらせて水鉄砲を両手で構えるのだが、シルヴィがアンジェの陰に隠れ潜んでいる以上、彼女を狙う銃口は真っすぐアンジェに向けられるわけで。
「わ、私に向かって構えないでくださいよ!? しゃ、シャル様助け――」
慌てたアンジェが、隣にいたはずのシャルロットへと助けを求めれば。
「良いですわルシール! そのままアンジェ様をびしょびしょにして艶めかしいお姿をこの世に顕現させるのです! 濡れて張り付いた水着、水滴を弾く陶器のような肌、その水滴が滑り描くなだらかながらも女性らしい曲線美! たまりませんの~!」
そのシャルロットは、ちゃっかり流れ弾も当たらない程度に距離を取って、濡れて艶を増すアンジェの姿をちょっとアレな目で凝視していた。
「……シルヴィちゃん。最大出力、目標はシャル様」
「はーい」
「……はい? アンジェ様、今何と? いやお待ちなさいシルヴィ、ちょっとその魔力量はシャレにならな――」
「せーのっ、ふぁいやー」
「ああああああああああああああああああああああああああっ!?!?!?」
スッと表情を消したアンジェの号令で放たれたシルヴィの一撃は、小さな津波のような勢いで持ってシャルロットを容易く押し流していった。
「うん、いい感じ」
と、会心の一射だったのか、シルヴィが眠たげな表情の上に満足感を浮かべてその行く末を眺めていると。
「おぉっ、あんなに飛ぶんだ。やっぱり適性が高い人が使うとすごいなぁ……という訳で隙ありだよシルヴィちゃんっ!」
「え? ひゃんっ」
いつの間にやら音もなく背後に忍び寄っていたルシールの水鉄砲が、ついにシルヴィを捉えた。背中から腰周りを縦断した水流によってピンク色の水着がその色を濃くし、フリルが太もも周りに張り付く。
「……むー、シル怒ったもん。ルシ姉様も押し流しちゃえー」
「ちょまっ、シャル様と違って私はあんなの食らったら死んじゃうってばぁっ!? に、逃げろーっ!」
「マテー」
魔力が凝縮される気配に泡を食ったルシールが走り出し、シルヴィもそれを追いかけていってしまった。
「……ふふっ、楽しいなぁ」
一人残されたアンジェの口から、思わず笑みがこぼれる。聖女として過ごすうちに忘れかけてしまっていた『楽しい』という感情。自分は今、間違いなくそれを全身で味わっているのだ。
照り付ける日差しの眩しさ、潮の匂い、ルシールたちのはしゃぐ声。そういったものに満たされて、アンジェはこの上なく幸せだった。
……しかし、だからこそアンジェは、小さな胸の痛みも同時に感じ続けている。
愛してくれる人たちに、楽しませてくれる人たちに何も返せていないのではないかという罪悪感。役に立たなければという焦燥。『聖女の力』を使えない自分に対する無力感。クレマン王国で暮らすうちに少しずつ改善されてきてはいるものの、これまでに積み重なってきた精神性はそう簡単に変えられるものではなく、アンジェの心に小さなとげとなって刺さり続けているのだ。
「……私なんかが、こんなに楽しいばっかりで、いいのかなぁ」
偽らざる本心がぽつりとこぼれて、アンジェは慌てて首を左右に振った。こんな醜い感情、シャルロットはもちろん自分を大切にしてくれている人たちには到底聞かせられない。
気分を切り替えようと、シャルロットを探して周囲を見回したアンジェは。
「……?」
少し離れた所にある岩場のほうに、何かを感じて目を止めた。
===
アンジェ達を眺めていたセリーヌ「……メリッサ? なんかアレこっちに来てません?」
メリッサ「来てますね」
セリーヌ「……逃げられるかなぁ?」
メリッサ「手遅れかと」
こうしてセリーヌとメリッサもまとめて流されていったとかいってないとか
ちなみにこの水鉄砲にアンジェがちょっと多めに魔力を込めると虹がかかります
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