第67話:こういうのがお好みでして?

「失礼、少々取り乱しましたわ。ではそろそろ参りましょうか」


「は、はいっ」


 しばしアンジェからすれば意味不明過ぎる主張を繰り広げ続けていたシャルロットだが、アンジェの必死の説得によってどうにか落ち着きを取り戻したようだ。何やらやたらと生き生きとした様子でアンジェへと手を差し伸べてくる。


 アンジェも、あれで少々……? と相変わらずの暴走っぷりに困惑しつつその手を取る。自分よりも大きくて、それでいて柔らかく温かい手。何度も触れて包み込んでくれた、今となってはそれがないとどこか物足りなくて落ち着かないくらいの温もりに気恥ずかしさを感じてしまうのは、やはりお互いに水着姿であるという状況のせいなのだろうか。


 指と指が交差して、肩と肩がぐっと近くなる。思いがけず触れた肌の滑らかさにドキリとしてしまう。アンジェの胸中はすっかり、シャルロットから与えられるときめきに満ち満ちていた。


 ……そのときめきの中にはもちろん、シャルロットの輝かんばかりの水着姿に対する羨望やらなにやらも多分に含まれている。


 ――シャル様、やっぱりお体もすごくきれいで魅力的で、いいなぁ……。いつもこのお体に抱きしめられてるって思うと、なんか、ドキドキしちゃう……。


 一緒に歩くシャルロットを横目でちらちらと盗み見ながら、アンジェは内心のちょっと恥ずかしい感情が表に出てしまわないように必死で取り繕う。


 首の後ろでひもを通すタイプのビキニトップは、彼女の美しい肩のラインと豊かな膨らみをこの上なく扇情的に強調している。それでいてベースとなっている鮮やかな赤色と所々にあしらわれたゴールドの装飾が、色気だけではないシャルロットの高貴さを効果的に表現していた。


 腰回りに目を転じれば、再度に施された編み上げの隙間から覗く肌の白さにハッとさせられる。スカート風に仕立てられた今のボトムスでさえ恥じらいが勝つアンジェからすれば、逆立ちしたって選ばないであろうデザインにドキドキさせられっぱなしだ。


 アンジェはもともと、異性に対してあまり魅力を感じることがなかった。それはかつての婚約者であったドゥラッドル帝国の第一皇子・ロランスとの関係が良くなかったというのもあるが、単純に大柄で武骨な印象のある男性を無意識に恐れていたというのが大きい。ゆえに聖女として過ごしていたころの職務の一環でそういう教育を受けていた時も、男性とでは全く想像がつかずただの知識として蓄えるにとどまっていたのだ。


 それが、今は自分のことを過剰ともいえるほどに愛してくれ、アンジェもまた愛している女性が隣にいるのだ。中途半端に蓄えた知識も相まって、意識するなという方が難しい。


 だから申し訳なく思いつつもシャルロットを熱いまなざしで追ってしまうのだが、そんな様子に気づかないシャルロットではない。


「ふふっ。アンジェ様、もっと堂々と見てよろしくてよ? ほらほら、こういうのがお好みでして?」


「ふぇっ!? ちちち違います! わわ私はそんなつもりじゃなくてっ!」


 心を見透かした一言とともにメリハリの利いた体をくねらせてポーズをとるシャルロットに、アンジェの顔が先ほどまでの努力が無駄だったとばかりに瞬く間に赤く染まった。


「あら、でしたらどういうつもりでして? ほら、ご心配なさらずともここにはアンジェ様とわたくしだけ。わたくし、アンジェ様になら全てをお見せする覚悟でしてよ?」


「そそ、その覚悟はちゃんと結婚してからで間に合いますから! いいから行きましょう!」


 どんな言い訳をしても聞いてくれそうにないシャルロットの悩殺ポーズ攻撃からどうにか逃れようと、アンジェは顔を背けて歩き出そうとするのだが。


「ふふ、逃がしませんわよ? それにまだ日焼け止めをお塗りしておりませんわ。わたくしがくまなくむらなく徹底的にまんべんなく塗って差し上げますの!」


「な、なんか手つきが怖いんですけど!? それに鼻息も荒いし――ちょっ、落ち着いてくださいシャル様ああああああああああああっ!?!?!?」


 またしても何かのスイッチが入ってしまったのか、ルシール謹製の日焼け止め薬を片手にもう片手を妖しく動かしつつ絶妙に逃げ場を塞いでくるシャルロットを前に、アンジェはこの日二度目の絶叫を上げるのだった。


 そんな声が響いてくる小屋の外。


「二人とも元気ですねぇ」


「いっそのことそのまま行くところまで行ってしまえば良いと思います」


「メリッサ、それは聞かなかったことにしておきますね」


「失礼ながらセリーヌ殿下、お顔から本音が筒抜けです」


「おっと」


 アンジェ達がわちゃわちゃしている間に別の場所で着替え終えた大人組二人が、砂浜に立てたパラソルの下で話に花を咲かせているのだった。


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