第65話:白昼堂々
「わぁ、綺麗……!」
アンジェ達がそれぞれに準備を始めてから、一週間とちょっと。
無事に両親の許可を得たルシールと、無事に死にかけながら二週間分の公務に区切りをつけたシャルロットを含む一行を乗せた馬車から降りたアンジェは、目の前に広がる光景に感嘆の声を上げた。
舗装された足元から奥に向かうにつれて地面が色を変え、細かい砂粒が太陽の光を白く弾く。そんな砂浜の向こうには、空の色をそのまま写し取ったような穏やかな海がどこまでも広がり、心地よい波音を響かせている。自然が織りなす雄大なコントラストに、アンジェはすっかり目を奪われていた。
「ふふ、そうでしょう? この美しい海は我が国の自慢ですのよ」
道中ずっとアンジェを膝の上に抱えていたことですっかり復活した様子のシャルロットが、アンジェの隣に寄り添いながら胸を張る。
クレマン王国は、ドゥラッドル帝国と国境を接する南東から南西にかけての広い範囲を海に面している。その恩恵は有用な海洋資源のみならず、領地によっては観光や遊戯の場として開発を進め、他の地域との差別化を図っていたりする。
アンジェたちが訪れたのもまた、そんな独自の発展を遂げ海辺での楽しいひと時を提供することを目指した場所だ。……というより最初からそのために開発された、王家直轄領である。
「ね、アン姉様。早くいこ」
アンジェのローブの袖をクイクイと引きながら、シルヴィが急かしてくる。見れば眠たげな瞼はいつもと変わらないものの、橙色の瞳はなだらかな海面にも負けず劣らず輝いていた。
普段はどちらかと言わずとも屋内で過ごすことを好む彼女だが、やはり年相応に外遊びも好きなのだろうか。そんなシルヴィのいつもとは違う一面に驚きつつ、アンジェは彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「はいはい、まずは着替えが先ですよ」
「はーい」
シルヴィは思いのほか素直にローブの袖から手を離す。そしてそのままの勢いで、迷いなく自らの衣服に手をかけた。
「……え? ちょっ、シルヴィちゃんっ!?」
流れるような動きに反応が遅れたアンジェが声を上げるが、もう遅い。
「えーいっ」
シルヴィの小さな手が一瞬のうちに自らの身にまとう衣類を剥ぎ取り、宙に放り投げた。
その瞬間、アンジェは反射的に目を背けた。いくら同性でも、いくら懐かれていても、さすがにありのままの姿を直視するのははばかられたのである。
が、しかし。
「アン姉様、これでいい?」
再び袖を引かれ、アンジェは恐る恐る視線を戻す。するとそこには、水着をきっちりと着込んだシルヴィの姿があった。
「いっぱい遊びたいから着て来たの。ね、アン姉様。シル、可愛い?」
くるり、とその場で回って見せるシルヴィが身に着けているのは、白とパステル調の青色を組み合わせたボーダー柄のワンピース型水着だ。肩口にあしらわれた小さなリボンが、回転の反動でツインテールと一緒に揺れている。腰回りの大きすぎないフリルも幼く見えすぎない丁度良い塩梅だ。
しばし驚きに固まっていたアンジェだったが、年相応の可愛らしさが詰まったシルヴィの姿と楽しそうに評価を強請ってくる無邪気さについ頬が緩んだ。
「……ふふ、そうですね。可愛いですよ、シルヴィちゃん」
「んふー」
再びポンポンと頭を撫でられたシルヴィは嬉しそうに目を細めながら、実に満足げな吐息を漏らした。
……が、ことはそれだけに留まらず、シルヴィがアンジェのローブをガシッとつかむと。
「じゃあ、アン姉様もお着換えしよ。シルお手伝いする」
「ちょっ、ま、待ってくださいシルヴィちゃん! 私下に水着着てないですから!」
「ちぇー」
白日の下で脱がされかけたアンジェが泡を食ってシルヴィの手をつかみ返し、シルヴィは不満げに唇を尖らせた。
と、そこへ。
「それじゃあシルヴィ様、一緒に遊んで待ってましょう!」
助け舟、という訳ではないだろうが、荷物の積み下ろしを手伝っていたルシールが作業を終えたらしくアンジェたちのもとへと駆け寄ってくる。そして、まるで先ほどのシルヴィを再現するかのように自身の衣服に手をかけると、そのままの勢いで躊躇いなく脱ぎ捨てた。
肩紐が広めで少々動いてもずれにくそうなトップスは、全力で遊ぼうという彼女の意思の表れだろうか。胸元が浅めで素朴なデザインと相まって、裏表のないルシールの性格が良く表れている。ショートパンツスタイルのボトムスもまた、砂浜を元気に走り回ってやろうという彼女の心の声が聞こえてくるような選択だ。トップスが髪色に合わせた太陽のようなオレンジ色なのに対し、深みのある青色を基調としたボトムスが全体の印象を引き締めて見せている。
「ふっふーん。どうアンジェちゃん? これでも私のこと、わざわざ見たいと思わない?」
いつぞや、アンジェが彼女のからかいに対して反撃した時のことを言っているのだろう。ルシールは自信満々と言った様子で胸を張っていた。
そして、そんなリベンジを挑まれたアンジェはと言うと。
「ルシールちゃんかわいいです……! ルシールちゃんの元気な感じがすっごく出てます! はぁ、ルシールちゃん背も高くて足も長くていいなぁ……」
「え、あ、えっと……ありがと」
物凄くうらやまし気にルシールを見つめており、ルシールは微かに頬を染めつつ小さな声で呟くのだった。
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しばらく不規則投稿が続きますが、更新できないときはなるべく近況ノートでお知らせする予定です。
その際には短いですがにこなでのキャラクターたちが登場する会話文のみのおまけも付けようと思っているので、そちらを読みつつお待ちいただければ……!
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