第64話:必要な量です

「……あの、メリッサ?」


 ルシールと約束をした日から数日後、王城内の被服室。


 王城付きの侍女たちのお手伝いとして、頻繁とまではいかないもののそれなりに出入りしているその部屋で、アンジェは困惑の声を上げていた。


「はい、何でしょうか」


 一方、呼ばれた専属メイドはいつも通りの鉄仮面でアンジェの後方に控え、言葉の続きを待っている。


 そんなメリッサに、アンジェは目の前の作業台に広げられたものを指差しながら問いかけた。


「これ、何ですか?」


「水着です」


「いや、それはわかってるんですけど」


 いくらその経歴から年頃の女性の諸々に疎いアンジェであっても、台の上の衣類が水着であることくらいはわかる。大きさからしても明らかにアンジェが着用することを想定されたものだし、何より準備を依頼したのは他でもないアンジェだ。


 では、彼女が何に戸惑っているのかと言えば。


「……なんなんですかこの量!? どれだけ準備したんですか!? 何着あるんですかぁっ!?!?!?」


 そう、一辺がアンジェが両手を広げて二人並べるくらいの作業台いっぱいに、所狭しと様々なデザインの水着が並んでいるという、どう考えてもやりすぎな所業に対してだ。


「必要な量ですが」


「どこがです!?」


 落ち着き払った声色で返すメリッサにアンジェが噛みつく。


「どう考えても小旅行に必要な量じゃないですよね!? 私、二泊三日の間にどれだけ着替えないといけないんですか!? 着替えてるだけで一日分くらい経っちゃいますよ!?」


「失礼、言葉が足りませんでした」


 そんなアンジェの追及にも、しかしメリッサは全く動じない。軽く頭を下げてから、足りなかった言葉とやらを補足し始める。


「アンジェ様の魅力を引き立てるデザインを考えておりましたら筆が止まらなくなりまして」


「……なりまして?」


「思い浮かんだデザイン全てをアンジェ様同好会の面々と共同制作いたしました。我々の全力は出し切りましたので、後はアンジェ様にお選びいただくだけです」


「待って、ちょっといろいろ待ってください」


 作業台に寄りかかりながらアンジェが頭を抱えた。


 筆が止まらない時点で少し嫌な予感はしていたのだが、その後に続いた言葉もまたアンジェには理解不能だったのである。


「……その、『アンジェ様同好会』って何なんです? 私、初めて聞いたんですけど」


 恐る恐る、といった調子でアンジェが問いかければ、普段は感情を見せないメリッサの吸い込まれそうな黒い瞳が輝きを放ったように、アンジェには見えた。


「その名の通り、アンジェ様のすばらしさを語り広める会です。容姿は元より、性格や所作、日ごろの努力等を相互に情報交換し、より多くの人にその魅力が届くように活動しております」


「い、いつの間にそんな……」


「ちなみに発起人にして会長を務めるのはシャルロット殿下です」


「何やってるんですかシャル様ぁっ!?」


 唐突に飛び出した婚約者の名前に思わずアンジェが吠えるが、驚きはまだまだ止まらない。


「副会長は私が、顧問にはセリーヌ殿下とシルヴィ殿下が就いておられます」


「ちょっ、メリッサはともかくセリーヌ様にシルヴィちゃんまで!? というか顧問って何なんです!?」


「今のところ王城の侍女は全員入会済みで、今後如何にして王城全体に会員を広げていくかが課題となっております」


「……」


 アンジェは最早絶句するしかなかった。自分が日ごろ侍女たちのお手伝いをしている裏でそんなことが行われているなど、アンジェは全く持って気づけなかったのだ。今後どのような顔をして会えば良いのかわからない。


 ……ちなみにアンジェが王城を訪れてから三か月という短い期間で侍女全体にまで入会者が広がったのは、他でもないアンジェのお手伝いが原因の大半だったりする。小柄な体で精一杯努力する姿は微笑ましさと庇護欲を存分に掻き立てるもので、加えて愚痴も不満も漏らさずにニコニコ笑顔で全力を尽くす様子を毎日見せつけられればさもありなん、というところだろうか。


「……まぁ、はい、わかりました」


 本当のところ何もわかってはいないが、ひとまず目の前の水着の山が並々ならぬ思いによって生み出されたことだけは理解したアンジェが作業台から体を起こす。


 経緯はともあれ品物自体は非常に良くできており、制作にあたったという同行会員の熱意と力量がうかがえる。そんな善意の塊を無下にすることなど、アンジェにできるはずもない。


「とにかく選べばいいんですよね。……とはいえちょっと多すぎますし、おすすめとかってありますか?」


「こちらです」


「……メリッサ? これ、ほとんど紐なんですけど」


「ありのままのお姿が一番お美しいかと」


「……」


「冗談です」


 当然かのごとく布地のほとんどないセパレートタイプの水着を差し出してきた侍女を軽蔑の眼差しで一睨みすれば、その侍女はほんのわずかに残念さをにじませつつその水着を山の中に戻すのだった。


===


 メリッサ久々の大暴走(メリッサだけじゃない)


 そして、今回は間に合いましたがいよいよ書き溜めゼロになってしまったので本格的に更新が不定期になる可能性があります。

 作品をフォローいただけると見落としが減るかと思いますので、まだの方はよろしければぜひ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る