第62話:アンジェちゃんだから見たいんだよ!

「なるほど、この間の声はシャル様のだったんだね! いやー、工房ここにいても聞こえてくるくらいおっきい声だったからびっくりしちゃったよー」


 アンジェが語った中庭での一件を聞いて、ルシールはカラカラと笑った。


 ここは王都のシュヴァリエ商会直営店、その地下に設けられたルシールの工房だ。アンジェにはよくわからない工具や機械がそこかしこに置かれ、その中心の作業台ではルシールが口と同時にせっせと手を動かしている。


 その作業台から少し離れたところには小さなテーブルセットが設置されており、アンジェはその椅子に腰かけて彼女の作業を眺めていた。


 初めてここを訪れて以来、アンジェはルシールに頼まれてしばしば新作魔道具の実験に付き合っている。ルシールはこと魔道具の設計開発に関しては天賦の才を持つが、魔力量も魔法適正も並の魔法使い程度であり、試作品のテストも一苦労なのだという。そのため、狂っているとしか思えない魔力量とそこが知れない魔法適正を持つアンジェに白羽の矢が立った、というわけだ。


 アンジェとしても、クレマン王国に来てから初めて得られた歳の近い友人と過ごす時間はシャルロットらとのそれとはまた違った心地よさがあり、こうしてお茶を飲みがてらその実験に付き合っているのである。


 ちなみに、ルシールはアンジェのことをその詐欺まがいな外見によってだいぶ年下だと勘違いしていたらしく、二度目の来店の時には滅茶苦茶謝られた。とはいえこれまで星の数ほど間違われてきたアンジェは特に気にすることなく、むしろ気楽に話したいと砕けた口調でしゃべるようお願いしたりしている。


「それで、シャル様はホントにお留守番になっちゃったの?」


 相変わらず全く手を止めることなくしゃべりかけてくるルシールをすごいなと思いつつ、アンジェは答える。


「いえ、お仕事に区切りがついたらということで許可されたみたいです。今日もそのために頑張っていらっしゃって」


 完全に覚悟が決まった目で「アンジェ様とのひと夏のアバンチュール、何としてでも勝ち取って見せますわ!!!」と宣言して公務に向かっていったシャルロットを思い出して、アンジェは思わず苦笑する。


「シャル様ったら、何故か私の水着にすごくこだわっていらっしゃって。……私の体なんて、見ても面白くないと思うんですけど」


 アンジェからすると、小柄で女性的な魅力にも乏しい――それでも最近は少し成長の兆しが見え始めたのだが――自分の体はコンプレックスの対象でしかない。なのでシャルロットが時折見せる異様な執着心は全く理解の範疇外にある、のだが。


「ちっ、ちっ、ちっ。そうじゃないんだよアンジェちゃん!」


 ここまでどんな話を振っても一切手を止めなかったルシールがガバッとアンジェのほうを振り返り、人差し指を左右に振った。そのまま作業台を離れ、おもむろに椅子を引いてアンジェの前に陣取り顔をぐいっと近づける。


「シャル様はアンジェちゃんだから見たいんだよ! シャル様にとっては、アンジェちゃんの全てが可愛くて魅力的なんだから!」


「う、うーん……? そういうものでしょうか……?」


 思いがけないルシールの圧力に戸惑いながらも、やはりアンジェは納得がいかない様子で首をかしげる。


「だったらさ」


 そんなアンジェに対し、ルシールはどこか楽し気に微笑んで。


「シャル様で考えてみなよ! アンジェちゃん、シャル様の水着姿見たくない?」


「シャル様の……」


 言われて、アンジェは想像する。


 日ごろから頻繁に抱きしめられることで、体で覚えているシャルロットの柔らかなボディライン。女性的な魅力にあふれ、憧れさえ抱くようなそれが、薄い布たった一枚という無防備さで目の前に晒される姿。


 自分に向かって柔らかく微笑むシャルロット。その顔から視線を落とせば、普段は隠されている鎖骨のライン、続いてこれでもかとばかりにくっきりとした谷間がうかがえる。白く滑らかな肌が玉のような汗を弾き、アンジェがよく知る柔らかな峡谷へと滑っていき――。


「あれれー? アンジェちゃん、顔赤くなってるよー? なーに考えてたのかなぁ?」


 そんな一言にハット我に帰れば、目の前にはにやにやと口角を上げたルシールの意地悪そうな笑顔。途端にアンジェは自分が人前でとんだ妄想をしていたことに気づき、頬だけでなく顔全体に血流が集中してくるのを知覚した。


「――っ!? ち、ちち違います! こ、これはそういうのじゃなくてですね!?」


「そういうのってどういうの? 私、アンジェちゃんより年下だからわかんないなー? ほらほら、私にもわかるように教えてよー!」


「ど、どういうのでもないですー! はーなーれーてー!!!」


 猫のように俊敏に飛びついてきたルシールを払いのけられるような腕力を、アンジェは持ち合わせていない。


 結局アンジェはしばらくの間、調子に乗ったルシールからゼロ距離で延々とからかい倒されるのだった。

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