第61話:遊びたい
そうして抱きしめられ続けること十分。
「ふーっ……補給完了! 本当にアンジェちゃんがいてくれて助かりますね!」
「当然ですわ! アンジェ様ですもの!」
「えへへ、アン姉様に褒められたー」
疲労の色がすっかり消え去ったどころかうっすらと光のオーラを纏っているようにすら見える王女三姉妹に対し、抱きしめられたまま三方向から延々と褒め殺されたアンジェは真夏の太陽を一身に浴び続けたかのように熱い顔でぐったりと座り込んでいた。
「……はずがじい……私、そんなできた人なんかじゃないのに……」
聖女として過ごした十年間、感謝の言葉は数えきれないほど受け取り都度力に変えてきたアンジェだが、ストレートな誉め言葉となると途端にどうしていいかわからなくなってしまう。
そもそもアンジェはただただ自分にできることを精一杯頑張ってきただけで、それは力に選ばれた自分の使命だとずっと信じ続けてきたのだ。褒められるようなことはしていない、と今でも本気で思っている彼女からすれば、誉め言葉なんてただただ気恥ずかしいだけのものである。
……その考え方を矯正するためにシャルロットが日々褒めまくったりしてはいるのだが、アンジェの自己肯定感が常人並みになるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。
真っ赤に熟れたアンジェの顔を心の中のアンジェ様表情集にしかと収めたシャルロットは、そういえばとセリーヌに向き直る。
「……それで、首尾はいかがでして?」
セリーヌとシルヴィは、ドゥラッドル帝国で開催された聖女就任式典に参加するためにここ二週間ほど城を空けていた。
表向きには聖女の就任祝いの特使として送られた二人だが、その真の目的はアンジェ絡みで不穏な動きを見せる何者かについての情報収集だ。シャルロットの婚約者という、王家にとっても重要な人物に下手な手出しをさせないための大事な仕事である。もちろん、シャルロットも大きな関心を寄せている。
しかし、この真の目的については余計な心配や不安をあおらないようにアンジェには伏せられている。ゆえにシャルロットは言葉を選んで問いかけ、セリーヌも表面上は穏やかな微笑みを湛えて返した。
「えぇ、上々ですよ。得られるものも多かったので、追々話しますね」
――これはまた、厄介ごとの気配がいたしますわねぇ……。
如何に取り繕えど、長年ともに過ごしてきた姉妹ともなればその裏に潜む感情に気づけないはずもない。シャルロットはせめてアンジェにだけは気取られぬよう、内心だけでため息をつくのだった。
「……アン姉様、聞いてもいい?」
そんな二人の姉の心のうちなど知らぬとばかりに、シルヴィがアンジェの目の前にしゃがみこんで尋ねてきた。未だに赤い頬を両手で包むようにして羞恥の波が引くのを待っていたアンジェだったが、シルヴィの眠たげな眼に見つめられてどうにか調子を取り戻そうと軽く首を左右に振った。
「は、はい。何ですか、シルヴィちゃん?」
「アン姉様は、山と海どっちが好き?」
「……はい?」
あまりにも唐突過ぎる質問に、アンジェの首が勝手に傾く。
「えっと……何の話です……?」
「ほらシルヴィちゃん、ちゃんと説明しないとアンジェちゃん困っちゃうでしょう?」
少々端的が過ぎるシルヴィの聞き方に苦笑しつつ、セリーヌもまたアンジェの前にしゃがんでから離し始める。
「今回の遠征の褒美というわけではないですけれど、私とシルヴィちゃんはお母様……女王陛下から休暇をいただいたんです。それで、シルヴィちゃんに何かしたいことあるかって聞いたら、『アン姉様と遊びたい』っていうもので」
そこまで聞いて、アンジェはやっと質問の意味が理解できた。
「つまり、一緒に行くならどっちがいい? ってことですね?」
シルヴィは無言でコクコクと頷き、キラキラと輝く瞳でアンジェをじっと見つめている。年下の少女にここまで懐かれるのは、恥ずかしくも嬉しいものだ。
そうですねぇ、とアンジェは考えてみる。
聖女になる前のアンジェは、辺境の山間に位置する小さな村で過ごしていた。近くには森や湖が広がっており、同世代の子供たちと一緒に遊んで暮らしていたものだ。そういう意味では山のほうが馴染み深い。
では海はどうかと言えば、聖女になってから時折訪れる程度で遠い存在と言える。訪れた際も役割を果たしてすぐにとんぼ返りという日々だったので、これといった思い出もない。だからこそ、今回で思い出作りというのも悪くないかもしれない。
そんな風に、しばし頭を悩ませていると。
「海! 海にいたしましょうアンジェ様!」
なんか妙にだらしない表情をしているシャルロットが急に割り込んできた。
「白い砂浜! 青い海! 自然が織りなす美麗なコントラストの中、太陽からも愛されたアンジェ様という名の天使が舞い降りるのですわ! その穢れなき白い肌が照り付ける日差しより眩く辺り一帯を照らし出す様は現世の聖域! 近頃より魅力を増しつつあるそのボディラインは見るもの全てを虜に――おっと失礼、鼻血が」
何を想像したのやら、流ちょうにまくし立てていたシャルロットがハンカチで鼻を押さえた。
アンジェが自分の肩を抱くようにしながら変態を見る目でシャルロットを睨む中、セリーヌがにこやかに告げる。
「……シャルちゃんの休暇の許可はいただいてませんよ?」
「……え?」
「だから、シャルちゃんの休暇の許可はいただいてませんよ? さっき許可してもらったのは、私とシルヴィちゃんだけです。シャルちゃんはお留守番ですね」
まるで時が留まったかのような沈黙が流れること、十秒。
「……なんですってえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?」
シャルロット渾身の絶叫が、王都を震わせた。
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土曜日の更新、飛ばしてしまい申し訳ございませんでした……!
少々本業が立て込んでおりまして、今週以降もしばらくはちょこちょここういうことがあるかと思います。極力継続的に投稿できるよう頑張りますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします……!
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