第56話:神殿長との対談
ほどなくして現れたのは、この国の聖職者の正装に身を包んだ痩身の男性だ。伝え聞くところによればセリーヌよりも二回り近く年長らしいが、見た目にはそうとわからないほどに若々しい。だが、底冷えのするような冷たい瞳だけはどこかぎらついており、セリーヌは貼り付けた微笑みの奥で眉をひそめた。
その男――神殿長は立ち上がった二人の王女に向けて丁寧に一礼すると、にこやかに口を開いた。
「お初にお目にかかります、セリーヌ殿下、シルヴィ殿下。この度はお忙しいところ、遠路はるばるお越しいただきましてありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。貴国の記念すべき日に立ち会えることを心より嬉しく思います」
「ありがたいお言葉、きっと聖女様もお喜びになるでしょう。……さぁ、どうぞおかけになってください。式典まで今しばらく時間がございますので、僭越ながら話し相手を務めさせていただければと」
神殿長に促されて、セリーヌは今一度ソファに腰を下ろす。シルヴィも同様に座り直すのだが、その位置はセリーヌにぴったりと張り付くほどに近かった。
ちらりとそちらに目を向ければ、こちらを見上げるシルヴィの瞳が揺れている。キュッとセリーヌのドレスの裾を握ってくる小さな手に、セリーヌは自身の手をそっと重ね合わせた。
――どこか嫌な感じがしますね。慎重に接するようにしましょう。
神殿長は物腰こそ柔らかいが、セリーヌの直感はどこか黒いものを感じ取っている。おそらくは、シルヴィもそうなのだろう。
向かいのソファに座った神殿長に、セリーヌは警戒心をまた一つ引き上げたのだった。
彼に続いて入室した巫女の淹れた紅茶を飲みながら、神殿長との会談は表面上は和やかに進んだ。互いの国の近況に始まり、式典を控えた帝都の様子、はたまた式典内容についてなど、当たり障りのない会話が続いていく。
……だが、これも相手方の戦術であると、セリーヌは正しく理解していた。
何気ない会話から相手のことがわかってくれば、緊張や警戒心は自然と溶けていくもの。口がなめらかになったところで何か決定的な話を振ってくるのだろうと、セリーヌは警戒を解かない。
……そして、ようやくというべきか、神殿長は一つ踏み込んだ話題を振ってきた。
「――しかしながら、シャルロット殿下がお越しになれないというのは大変残念でしたなぁ」
彼の口から妹の名前が飛び出し、セリーヌはひそかに身構える。
「えぇ、少々公務が立て込んでおりまして。ご期待に沿えず申し訳ございません」
「いえいえ、滅相もございません。我々としてはご学友の晴れ姿を是非にと思いまして、一方でセリーヌ殿下とシャルロット殿下を同時にお招きするのも貴国の政務に関わるかと考えた末でのご招待だったのですが」
――下手な言い訳ですね。政務の状況なんて気にされる筋合いではないのに。
そんな内心はおくびにも出さず、しかしならばとセリーヌも一歩踏み込む。
「いえ、こちらの都合で差し替えさせていただいたのですから感謝しております。……調整は大変だったのではないですか? シャルロットを貴国に入国させるのを是としない方もおられたでしょう?」
「えぇ、まぁ。……しかし、我々としては感謝の意を伝えなければなりませんでしたので、これくらいたやすいものでございます」
「感謝、ですか?」
セリーヌはこの日初めて、けげんな表情を表に出した。
「何せ聖女を騙った大罪人を国外へ放り出すのにご協力くださったのです。……今にして思えば、あのまま一般の兵士が連行していたらどうなっていたのか想像もつきませんからね」
「……なるほど」
神殿長からすれば、シャルロット単独の招待という行為の不自然さを和らげるための発現だったのだろう。しかしこの答えは、セリーヌに一つ大事な情報をもたらした。
『今にして思えば、あのまま一般の兵士が連行していたらどうなっていたのか想像もつきませんからね』
一聴しただけでは何の違和感も抱かなくともおかしくない一言だったが、セリーヌはそこに小さな引っ掛かりを覚えた。
夜会の場には魔法学校の学生と護衛の兵士しかいなかったはずなのに、何故あたかも見てきたかのような形容ができるのか。仮にその場にいた者から話を聞いていたとして、伝聞だけでこのような物言いができるのか。
――やはりこの方、何か知っていそうですね。もう少し探りを入れるべきでしょうか。
相手へ与える情報は最小限に、かつこちらが得る情報は最大限に。非常に神経を使う階段は続く。
「して、セリーヌ殿下。一つお伺いしてもよろしいですかな?」
神殿長に問われ、セリーヌは穏やかな微笑みを取り繕って首をかしげる。
「えぇ、何でしょうか」
「妹君より、あるいは貴国にて、偽聖女のその後の消息について何か情報を得てはおられないでしょうか」
ずいぶん直接的に来たな、とセリーヌは内心目を丸くした。
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