第54話:いっぱい頑張る
「わたくしにアンジェ様を侮辱したものを祝いに来いと……? ふざけるのも大概にしてくださいませ……!」
シャルロットは関節が白くなるほどにこぶしを握り締めて吐き捨てた。
新たな聖女となるアレクシアがアンジェに放った暴言は、一言一句違わずにシャルロットの脳内に焼き付いている。神託を傘にきた平民差別、身体的特徴の侮蔑、職務に不要な要素を引き合いに出しての糾弾、どれをとっても決して許されざる行為だ。それを率先して行ったアレクシアに祝福など贈れるはずもない。
大方の事情を聴いている女王もまた、渋い顔をして。
「一応、先方は魔法学校時代に同期だった貴女が適切だろうと言ってきているのだけれど」
「都合の良い時ばかり同期面するんですのね。あの方からわたくしに声をかけてきたことなど一度たりともございませんわ。陰でひそひそしていただけではありませんの」
「……そんなことだろうと思ったわ。貴女から聞いた人物像からして、貴女が懇意にするとは到底思えないもの」
馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らして切り捨てたシャルロットに、女王は眉間にしわを寄せてため息をつく。
「誰を招待するのかはあちらの事由だけれど、こういう大きな式典で
王位継承権第一位にあたるセリーヌが帝国にとっての最重要格である行事に呼ばれなかったとなると、帝国が次期女王をそうと認めていないとも受け取れてしまう。王家としてはメンツをつぶされるような話なわけで、シャルロットから見ても大切な姉を侮辱されたに等しい愚行だ。
「……あちらがその気なら構いませんわ。わたくしが直接乗り込んで、何もかもぶっとばして――」
「シャルちゃん、落ち着いて」
怒りのままに腰を浮かせかけたシャルロットを諫めたのは、他でもないセリーヌだった。両肩を掴んで押さえつけてくる彼女を見やれば、夕焼け色の瞳が穏やかにシャルロットを捉えている。
「怒ってくれてありがとう、シャルちゃん。でもシャルちゃんがいくら強くても、そんなことをしたら無事じゃすみません。シャルちゃんも、この国も」
「……っ」
セリーヌに諭されて、シャルロットの思考は冷や水を浴びたように冷静さを取り戻す。アンジェとセリーヌ、愛する者を二人も侮辱され、つい頭が沸いてしまっていた。
シャルロットは自分の浅はかさに唇を噛む。
「……申し訳ございません、短慮が過ぎましたわ」
「そうやって反省できれば十分です。……重ねて言うけれど、怒ってくれたことは嬉しかったですからね」
セリーヌがシャルロットの肩から手を離し、代わりにシャルロットの手のひらをその両手で包み込む。流れ込んでくる温かさは何よりも雄弁に彼女の想いを伝えてくれるようで、シャルロットは後悔の中に少しだけ安らぎを覚えた。
「……帝国の人たち、アン姉様にまたひどいことするのかな」
シャルロットが落ち着きを取り戻す中、険しい表情で考え込んでいたシルヴィが口を開くのをきっかけに、話が本題へと戻る。
「何をするつもりなのかはわかりませんが……アンジェちゃん絡みなのは間違いないでしょうね」
セリーヌが苦々し気に絞り出す。
「夜会の当日に追いすがってきた襲撃者、不完全と思われる『護国の結界』、そして最後にアンジェちゃんに接触していたシャルちゃんの招待……アンジェちゃん以外に目的があると考える方が難しいでしょう」
「えぇ、だからこそアンジェにとっても大切な人――シャルをあちらに行かせるわけにはいかないわ。さすがに強硬な手段は取ってこないだろうけれど、用心するに越したことはないもの」
女王は重々しくうなずいて続ける。
「何にせよ、こちらには確定的な情報が少なすぎるわ。情報収集のためにも、誰かを派遣する必要がある」
女王はそこで言葉を着ると、セリーヌともう一人、じっと三人の話に耳を傾けていたツインテールの少女に視線を巡らせた。
「……そこで我が国からはセリーヌ、それからシルヴィ。貴女たちに参加してもらおうと思っているわ」
「……シルも?」
セリーヌが頷く一方で、唐突に話を振られたシルヴィは目を丸くしている。そんな彼女に、女王は少しだけ微笑んで首肯する。
「そうよ、シルヴィ。おそらく今回の訪問では、貴女の力が必要になる。……それに、シルヴィもそろそろ公務のことを勉強する頃合いだと思っていたの。今回は何もしなくて良いから、セリーヌのふるまいを見て学んできてほしいの」
「……」
シルヴィはしばし視線を自分の膝のあたりまで落として考え込み、やがてガバっと顔を上げた。その眼には珍しく、やる気の炎がめらめらと燃え滾っている。
「わかった。シルが頑張ったらアン姉様のためになるんだよね。ならシル、いっぱい頑張る」
口調はいつもののんびりしたものだが、そこに込められた熱量は普段と比べるべくもない。胸の前で両の拳をぐっと握り、前向きどころか前のめりにやる気を示して見せた末娘の姿に、女王は思わず破顔した。
「……ふふっ、アンジェが来てからうちは良いことばかりね」
その一言は、つい先ほどまで怒りに燃えていたシャルロットの心の中を瞬く間に喜びで埋め尽くした。自分の愛する者が認められることに勝る幸せが、果たしてこの世のどこに存在するだろうか。
「当然ですわ! アンジェ様は天使ですもの!」
「シャル、何故貴女が得意げなのかしら」
胸を張って言い放つシャルロットに女王からの容赦のないツッコミが入り、セリーヌとシルヴィがくすくすと笑った。
そんな、ようやく戻ってきた穏やかな雰囲気の中、女王が今後の対応について詰めていく。
「……そういう訳だから、しばらくはシャル、貴女に一部セリーヌの代行を頼むことになるわ。よろしく頼むわね」
「任されましたわ! アンジェ様との時間が減ってしまうのは残念ですが、事ここに至っては仕方がありませんわね」
「ねぇねぇシャルちゃぁん? そもそもシャルちゃんは私にお仕事投げすぎじゃないかなぁ? ねぇどう思う? ねぇねぇ?」
最後の姉の一言は、全力で聞かなかったことにするシャルロットであった。
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