第53話:招待状

 偽聖女が追放されてから二か月弱。聖女就任式典を目前に控えた帝都は実に活気に満ちており、そこかしこで楽し気な笑い声が弾けている。


 そんな中、帝都の中心区画に位置する大神殿内の最奥、教会内でも限られたものしか入ることを許されない領域に設けられた一室で、男は部下の報告に眉根を寄せていた。


「……確かに、ここまで神託が降りないのも近頃にしては珍しいな」


 先日アレクシアをなだめすかしていたのと同一人物である、狂気を孕んだ冷たいまなざしを持つこの男に、腹心の一人である神官が固い表情でうなずく。


「はい。直近の傾向を見るに、神託が降りない期間としてはいささか長いかなと」


 初代皇帝とともにドゥラッドル帝国建国の立役者となった初代聖女の功績をたたえて、彼女を祀る形で設立された教会。彼らは日々、国の母である初代聖女に祈りを捧げ、その対価として『聖女の力』のごく一部である聖属性魔法の適性や国を善くするための神託を受け取ってきた。


 特に国策を左右する『神託』は、聖女の存在と併せて教会の権威の象徴だ。平和な世が続き熱心な信徒が減りつつある中にあって、教会が変わらず国に対して影響力を持ち続けていられるのも、『神託』と『聖女』の存在あってこそのことである。


 そんな神託は、しかしながら決まった周期で降りるわけではない。連日のように降りることもあれば、数か月、下手すれば半年にわたって降りないこともある。それほど気まぐれなものであり、そう思うと二か月弱という期間が決して空きすぎているということはないのかもしれない。


 だが、ここ十年――アンジェが聖女に就任して以降で考えると、男の記憶の中でも二か月弱という期間は最長に思えた。その点がどうにも、彼らの中で引っかかっているのだ。


「神託自体は偽聖女の時同様に誤魔化せばどうとでもなるが……新聖女の神託が遅れると少々厄介だな」


 新たな聖女の出現が遅れれば、当然男たちの研究も滞ることとなる。それも悩ましい話ではあるのだが、彼が今懸念しているのは、彼らが行っている『目くらまし』がいつまで続けられるのか、という点だ。


 『疑似護国の結界』は安定して稼働しているものの、アレクシアへの負担は男たちの想定をはるかに超えるものだった。それも、アンジェに強いていたころとは違い、アレクシアのほかに八名の高位の巫女を動員した本来の体制下にあってこのありさまである。


 もしこの状況がいましばらく続くのであれば、更なる巫女の増員や『疑似護国の結界』の改良も検討しなければならない。少なくとも新たな聖女が現れるまでの間に、彼女がつぶれてしまうようなことがあっては困るのだ。


「……少し調べさせるか。それと念のため、次の手も打っておくべきだろう」


 男はそう呟くと、神官にいくつかの指示を出してから部屋を後にした。彼が足を向けるのは皇城内に設置されている、聖女就任式典の運営本部である。


 目的の人物が在室していることは先触れにて確認済みである。彼は迷うことなく本部長室に向かうと、扉をノックしてから入室した。


「ロランス殿下、ご機嫌麗しゅう。急な訪問にもかかわらずお受けいただきましてありがとうございます」


 恭しく頭を下げた男に、ロランスは背もたれに体を預けて腕組みしながら答える。


「よい。して、用件はなんだ」


 次期皇帝とはいえ、彼の見せるこうした横柄な態度は少々目に余るところはある。だがわざわざ指摘して前聖女のように不興を買う必要もないため、男は体面を取り繕って切り出した。


「ではさっそく。ロランス殿下、式典に招待する国賓の候補はお決まりでしょうか? もしまだ未確定でしたら、私からご提案があるのですが」




 ◆




 シャルロットが女王の執務室に足を踏み入れると、そこには女王のほかに、第一王女・セリーヌと第三王女・シルヴィの姿があった。


「ごめんなさい、遅れましたかしら」


「いえ。急に呼び出したのはこちらだもの、大丈夫よ。さ、そこにかけて頂戴」


 女王に促されて、シャルロットは彼女の向かい側、セリーヌとシルヴィが並んで座っているソファに腰かける。セリーヌはもとより、日ごろ眠たげな眼をしているシルヴィでさえも神妙な面持ちをしていることから、シャルロットの中の緊張感もいささか高まった。


「時間がもったいないし、さっそく始めるわね。今朝、ドゥラッドル帝国から我が王家宛てに書状が届いたの」


 女王はテーブルの傍らに置いていた封筒をつまみ上げると、その中身を取り出して広げて見せる。書面に記された帝国の象徴たる聖竜を象った紋章は、まぎれもなく帝国からの正式な文書だ。


 三人の王女がそれに目を走らせる中、女王が説明を続ける。


「内容は式典への招待状ね。例の騒ぎで新たに任じられた聖女の就任記念だそうよ。……まぁ、その招待が来ること自体は問題ないのだけれど」


 国力の証でもある聖女の公式なお披露目とあらば、国交を持つ国々から賓客を招いて盛大に行うのは当然のことだ。クレマン王国としてももちろん、隣国の動向確認も含めて特使を送るべき案件である。


 では、何が女王の顔を険しくさせているのかといえば。


「……国賓としてわたくしを招く、ですって……?」


 招待客として記載された自身の名前を書状に認めて、シャルロットはこれでもかと言わんばかりに顔をしかめた。


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